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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第五十二話 ひとさらい(1)

――ゴルダヴァ南部某所


 

「さて、君の生まれた村についたよ!」


 綺譚蒐集者アンソロジストルナ・ペルッツが声を張り上げた。


「あたしはこんな場所知らん」


 それは嘘ではなかった。


 従者兼メイド兼馭者だが今は馬車に乗っていない吸血鬼ヴルダラクのズデンカにとって、今眼の前にある名もなき村は、自分が暮らしていた場所とは何もかも違っていたからだ。


 村人が吸血鬼に変じ、一度壊滅してしまったのだから仕方がない。


 建物の様式も変わっていた。


 褐色砂岩の壁はズデンカの思い出の中には少しもない。


 家の数も増したようだ。


 子供の頃、何度も駈け回っていた場所を探そうとしてもとてもそうは行かないほど一杯建っていた。


――村ってか、これはもう町だろ。


 実際人通りも激しく、馬車も行き来している。


 小さな町と呼んでもよかった。


「戻ろうぜ。なんも得るものはない」


 ズデンカは提案した。


「ここまできてそれはないよ!」


 ルナは全力で却下した。


「こういう場所って、なかなか排他的だったりしますよね……」


 ナイフ投げのカミーユ・ボレルがぼそりと呟いた。


「おや、世間知らずのカミーユも、そういうことには目端が利くようになったのかい。なんか悲しいな!」


 ルナはカミーユにも遠慮せず食ってかかる。


「それぐらい、わかってますってば! サーカスであちこち移動してきましたし! ルナさんこそ、そんなこと何も考えてないで生きてそうですけど」


 カミーユも負けじと言い返した。


「おまえら、どれだけ今まで旅してきた? 居辛い村とか泊まったこともあっただろ。それが今さらなんだ? そんなことで言い争って馬鹿らしい」


 ズデンカは腕を組みながら言った。


「え! 君がわたしの肩を持ってくれるとは珍しいな」


 ルナが顔を輝かせた。


「誰が肩を持った?」


 ズデンカは腹を立てながら同時に驚いていた。


「だってカミーユの発言はわたしが何も考えないで来てるって指摘だろ? わたしも損なことは気にしない方が良い派だよ。で、其の上でのそんなことで言い争うな発言はカミーユじゃなくわたしの主張を補強することじゃないか」


――いつになく理詰めで来やがるな、こいつ。


 ズデンカは面倒臭かった。


「ズデンカさん、そうなんですか」


 カミーユが手を束ねて、眼をうるうるとさせながら迫った。


 こうなるとズデンカは弱い。


「……って別にあたしは……」


 言い訳がましくぶつぶつと呟いた。


「わー引っかかった引っかかったぁ!」


 ぱーっとカミーユは笑いざわめいた。


「引っかかった引っかかったあ」


 ルナも一緒にはしゃぐ。


「お前な」


 ズデンカはカミーユの頭を引き寄せてゴリゴリと拳を擦り付けた。


「いたたぁ」


 とか言いながらカミーユは楽しそうだ。


「ルナ! お前の悪い影響だ」 


 ズデンカは怒鳴った。


「んなことないよ」


 ルナは頬を膨らませた。


「そうですよ。私、羨ましかったんです。ルナさんばっかりズデンカさん構っちゃって。この前もずっと置いてけぼり食わされたじゃないですか」


 ズデンカの腕の下でカミーユは笑いつつも言った。


「そういやそうだったな……」


 ズデンカは自責の念に駈られた。


「そんな深刻な顔、しないでくださいよ! でも、そういう馬鹿みたいに真面目なとこがズデンカさんのいいとこなんですよね! ルナさんだったらけろっとしてますよ」


「ノンノン! お詫びにカミーユにスイーツ奢って上げようと思ってたんだけど辞めにする!」


 ルナが言った。


「やー、待たされたこと自体は変わらないんだから奢ってくださいよ!」


 ズデンカは賑やかに会話するカミーユを見ながら何だか心が温かくなるものを覚えていた。


「きゃー! ひとさらい!」


 と突然、叫び声が聞こえてきた。


 ズデンカは身構える。

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