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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第五十一話 西山物語(14)

「お前は何者だ?」


 大佐は鋭く問うた。


「これは失礼しました。わたし、ルナ・ペルッツと申します」


 ルナは脱帽した。


「ああ、お名前だけは存じておりますよ。何を隠そう、娘がご著作のファンでしてな。全巻揃えております」


 少しだけ大佐の顔が和らいだ。


「それはありがたい! なら我々が怪しいものではないとおわかりでしょう」


「まあそうですな。ただ、あなた方の到来がきっかけになって我が軍の規律が乱れたことは事実。それははっきり自覚して頂きたいところですな」


「はいはーい!」


 ルナはいかにも訊く気がなさそうに鼻に抜けた声で応じた。


 二人は囲いから抜けて外へ歩き出す。


 あとに残るゼルグは泣きじゃくりながら立ち尽くしていた。


「解散!」


 その大佐の命令を受けて、兵士たちはめいめいその場を立ち去っていき、あたりに人気はなくなっていった。


「ゼルグ」


 今まで黙っていたダリオが静かに言った。


「はい……伍長……」


 ゼルグはさっき怒られたことをまだ覚えているようだった。


 ダリオは何も言わずゼルグを抱きしめた。


「すまん……俺が悪かった」


 耳の利くズデンカは、そう囁いたダリオの言葉を聞き逃さなかった。


「お前を殺しかねないような選択をしてしまった。規律に逆らうのが怖かったからだ。にも関わらず、お前は俺を被ってくれた」


 ダリオの声は震えていた。


「おじさん……おじさん」


 ゼルグの瞳は涙であふれていた。


「俺に兵隊は向いていない。もうやめることにするよ」


 ダリオは諦めたように、だが決然と言った。


「そんな! 俺はおじさんに憧れて独立軍に入ったのに……」


 ゼルグは不安そうに言った。


「お前を失うぐらいだったら、国の独立なんてそんなものどうでもいい。そう決心が付いたんだ」


「おじさん……わかった。俺も辞めるよ。戦場を見て、人が死ぬのは矢っ張り怖いなって思っちゃった。俺にも向いていないよ」


二人はうなずき合い、遠くに遠くに歩き去って行った。


「ぱちぱち。実に感動出来る綺譚おはなしだ」


 ルナは拍手していた。とは言えそれを手帳に書き留める気はないようだ。


 そもそもズデンカほど耳の良くないルナに、遠くの二人の会話が大して聴き取れているとは思えない。


「話なのか? あれは」


 ズデンカは首を傾げた。


綺譚おはなしをわたしはどれも差別しないよ」


 ルナは相変わらずはぐらかす。


「もういい」


 ズデンカは歩き出した。兵士たちも追ってこないようなので安心した。


「カミーユのとこへ戻るぞ」


 二人は元来た道を引きケアした。


「ルナさん! ズデンカさん!」


 カミーユは言われた通りズッと同じ場所で待っていた。


 手を振って合図を送る。


「どこかの誰かとはえらい違いだ」


 ズデンカはあからさまに皮肉った。


「カミーユ、無事で何よりだよ!」


 ルナはそれを鮮やかに聞き流しながら、カミーユに手を振り返した。


「西山、行って損だったな。お前もあの手帳を使わなかったし」


「そんなことないよ。あえて書き留めなかったようなお話だった一杯ある。というか君はそれの半ば当事者だったはずだ」


「そういや、大蟻喰の野郎はどこ行った?」


 エタノールでシュティフターの腐肉を消毒する直前ぐらいまでいたのは覚えている。だが、いつの間にかいなくなっていたのだ。


 ズデンカも立て続けに起こる事件にすっかり忘れていた。


「ステラらしくて良いじゃないか。また必要な時に現れて助けてくれるさ」


「あいつは人を助けるような奴じゃねえだろ。本来は生かしちゃおけない大悪党だ」


「またそんなこと言っちゃって。実は君と仲良いの知ってるよ」


 ルナが揶揄からかった。


「仲良かねえよ」


 ズデンカはいつも通り否定した。


「ふふふ」


 カミーユは笑っていた。

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