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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第五十一話 西山物語(11)

「お前は来るな。身体の負担が大きすぎる」


 ズデンカは断った。


「今回、何もしてないじゃないか。ここらで打って出ないと」


 ルナは胸をポンと叩いた。


「ハウザーがいるぞ」


 ズデンカはもう説得を諦めながら付け加えるように言った。


「もう、昔のことだよ。気にしても仕方がない」


 と言うルナの膝は、ゼルグと同じように笑っていた。


「辛かったら目をつぶれ。見ないようにすればいい」


 ズデンカは出来るだけ優しく言ったつもりだった。


「うん」


 結局三人は歩き出した。壜を抱えるゼルグの足どりはのろいことこの上ない。


「あたし独りでいけば早いのに、なんでこうなった? ……いや、いつもこうなる?」


 ズデンカは不満げに言った。


「こう言うのも悪くないじゃないか」


 ルナは相変わらず暢気な声を上げた。


 今のズデンカにとってはむしろ安心出来た。


 ひとっ飛び出来れば良いが、ゼルグをつれてはとても無理なのでまわり道をしながらゆっくり山を下りた。


「ひー、相変わらずきついね!」


 ルナが喚く。


「下りだろうが」


「でも、なかなかきついよ」


「運動しろ」


 血に満ちた平原が現れるまで、そう時間は掛からなかった。


「ここからいけるか」


「大丈夫。ステラもいるし」


「何がステラがいるだ」


 ズデンカは意味がわからなかった。


 ルナの感性はつくづく変わっていると思う。


「ステラのいるところに血もまたありだろ」


「訳がわからねえ」


 確かに血の臭いはしてくるが。


 ゼルグの方は全身を瘧のように震わせていた。


 無理もない。生まれてからこれだけの血を見るのも初めてだろうからだ。


「これが戦いだ」


 ズデンカは出来るだけ冷たく言った。


「人が殺し合うのは当たり前だ。多かれ少なかれ死んでいく」


「……」


 ゼルグは戦慄わななく唇を食い縛っていた。


 弾丸が飛んできた。


「ひええっ!」


 ゼルグの頬のすぐ横を掠めたのだ。


「ほら、いわんこっちゃない」


「もう……帰りたいよぉ」


 ゼルグは子供のように(実際子供と言える年齢だが)素直になって大粒の涙をこぼし始めていた。


「大丈夫、バリアは張ってあるから死ぬことはないよ」


 ルナが気休めのようにいった。


 目的の場所に着くまで十分近く遅くなってしまった。


 戦いはまだ続行していた。


 大蟻喰は巨大な肉の塊と格闘している。


 人の顔を形作るかのようでぐちょぐちょとなりながら崩れていく赤黒い血を滴らす肉片。


 ズデンカはその中に腐敗した臭いを確かに感じていた。


「エタノールを早く渡せ!」


 ズデンカは怒鳴った。


「ひっ、ひいいいいいい!」


 ゼルグは叫んで壜を取り落としてしまった。


  壜は逆さにひっくり返る。


 エタノールが零れ、草叢に流れた。


「アホか!」


 ズデンカは急いで壜を起こすが、大分流れてしまっていた。


――これでいけるだろうか。


 ズデンカは壜を抱え走り出した。


「おい、大蟻喰の馬鹿! そこをどきやがれ!」


 そして、怒鳴った。


「やーだよ」


 と振り返った大蟻喰だったが、



「ふむふむ、面白い。ボクと同じ決論か」


 身体を僅かに避けた。


「後から知ってた顔すんなボケが!」


 文句の応酬とともに、ズデンカは肉の塊にエタノールを振りかけた。


 絶叫のような高い音があたりに響いた。

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