第五十一話 西山物語(5)
「なるほどなるほど、すごく興味深いな。あ、別にわたしはあなたがたゲリラの状態を聞きたいわけじゃないですからね。そこは安心してください」
ルナはハッキリと言葉にした。
「そうですか」
ダリオは真顔になった。
「ゼルグさんを戦場にやることは、反対ではないのですか?」
ルナは続けざまに訊いた。
「兄は反対でした。でも、郷里の独立のためにはぜひ立ち上がりたいと言っていました」
「あんな臆病者がねえ」
ズデンカは思わず口に出してしまった。
「臆病なのは見ての通りですが、熱い思いを秘めていると俺は思います」
ダリオは少し躊躇いながら言った。
――自分で自分を納得させてやがるみたいだな。
長い人生経験のあるズデンカは、直ちに不自然な様子を見抜いた。
「伸び代はあるんですね。わたしも最初に遭遇したのがゼルグさんで良かった。もっと抜け目のない兵士だったら撃たれていたかも知れない」
ルナはそう言ってウインクする。
ダリオが和んだ表情を見せるよりも早く。
激しい銃声が轟いた。
とたんに険しい顔付きに戻ったダリオが立ち上がる。
「何があった?」
急いでテントの中に入って来た斥候を怒鳴り付けるダリオ。
「敵襲! 敵襲です!」
「まさか!」
ルナを睨み付けるダリオ。
ルナは首を振るだけだ。
「ゴルダヴァ軍の襲撃か?」
ダリオは斥候に叫んだ。
「はっ、はっきり確証は取れませんが、私が先ほど見たかぎりでは違うようです」
斥候は自信がなさそうに言った。
「じゃあ、一体誰が攻めてきたというのだ?」
「軍隊ではありませんでした……見知らぬ輩が五人。そのたった五人に多くの部隊が蹴散らされておりまして……」
ズデンカはハッとなった。
――スワスティカ残党じゃねえか。
実際、連中の主要メンバー『詐欺師の楽園』のメンバーは一人死んだので、残
りは四人。それとハウザーを併せると合計五人になる勘定だ。
――ルナと会わせちゃいけねえ。
ズデンカはかつてハウザーの顔を見ただけで震えが止まらなくなったことがあった。それほど昔酷いことをされたのだ。
だが、ズデンカはそれを伝えるよりも早く、ルナはすたすたと歩き始めていた。
もちろん、ダリオたちはそれよりも早く外へ出ていたが。
ズデンカも走り出した。
テントの外ではルナは相変わらず勝手に歩き出していた。
そして勝手に震えていた。
「見てしまったか」
ズデンカはルナを抱き寄せて、その目を蔽った。
それよりも今眼の前にある状況を何とかしなければならない。
あたりは一面の血。
血の海だった。
だが、ルナとズデンカにとって、その程度のものは見慣れたものだ。
ルナを振るわせたのはそれではない。
その中を悠々と歩く五人組。
その真ん中にいるカスパー・ハウザーだった。
「ルナ・ペルッツ! 久しぶりだね!」
ハウザーは朗らかに叫んだ。まだ遙かに遙かに距離があるのに。
「クソが! ルナを追いまわすな」
ズデンカは叫んだ。
「相変わらず付かず離れずだね。吸血鬼のメイドさん!」
その言葉が周囲に小波を起こした。
「ヴルダラク? ヴルダラクだって?」
この地方の人間にとってヴルダラクは幼い頃から何度も何度も語り聞かされている存在だ。
周りに警戒が集まってくるのを感じながら、ズデンカはハウザーを睨み付けた。
「今は敵に注意しろ!」
ダリオもハウザーを睨み付けながら、怒鳴った。
とまた銃声。
撃ったのはハウザーの横にいた『詐欺師の楽園』席次三、ゲオルク・ブレヒトだった。
ランドルフィはパピーニで交戦した際、両腕を失ったはずだが、なぜか再生していた。
ズデンカは列を見回す。席次一、ヘクトル・パニッツァ。席次二、ルツィドール・バッソンピエール。
そして、真紅の服を纏った見知らぬ女が一人いた。
こいつがやったに違いない。
冷静に考えればハウザーの仕業かも知れないが、ズデンカは野生の勘でわかっ
た。
――真っ先に潰さねえと。
「ルナ、膜はちゃんと張っとけよ」
抱き寄せた腕の中のルナにズデンカは静かに囁いた。




