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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第六話 童貞(4)

ジャックの声明文より――


 俺は大人し過ぎた。


 幼い頃から、町の工場で働き、寝て、食って、また起きる、同じような毎日。


 誰からも見向きされず、同僚の男たちにはからかわれ馬鹿にされた。


 女がいないからだ。


 いい歳なのに奥手で女とうまく話せない。 どもって、話が続かなくなる。

だから、事あるごとに嘲笑われた。


「そんな年で童貞かよ!」

「ついてってやるから、娼館でもいきゃいいだろ?」


 断った。


 俺は女の味方だ。


 清らかな女性と純情な恋愛がしたいだけなのだ。


 好きな相手と結ばれる。


 誰もが持つ当然の権利だろう? なのに俺にだけは与えられない。

 もちろん売女なんかは願い下げだ。心からの認めた相手とだけ愛し合いたい。


 にも関わらず、にも関わらずだ。


 どの女も俺と話しただけで嫌そうな顔をする。


 逃げていく。


 避けていく。


 意を決して告白したら、前言ったようなことを繰り返し言われた。


 憎い。


 全ての女が憎い。


 だが、一番憎いのは、花屋の女ブランシュだ。


 俺は、そもそも花屋なんかと縁がなかった。

 近所にあって工場に通う際に何度も前を通り過ぎていただけだ。


 そしたら中で働いているブランシュと自然と眼が合うようになって、一つ買ってやろうと思い付いた。


 正直花を売るような女に興味はなかったのだが、向こうがしきりと話しかけてくるので、俺もポツポツと答えてやることにしていたのだ。


 この女、もしかして俺に気があるのか?


 俺はそう思い始めた。


 なら、ひとつ付き合ってやってもいいかもしれない。


 俺はこの女と歩いているところを何となく夢想した。


 雑誌などで盗み見た、この女とすけべなことをすることも考えた。


 ふん、わるくない。


 いつの間にか毎日のように通い詰めるようになっていた。


「ジャックさんはほんとにお花が好きなんですね」


 別に花は好きじゃない。毎日一輪ずつ買って、花束のようにまとめて、枯れるまで机の花瓶に飾っておいた。


 これを書いている机の上だ。


 今、花は全部枯れている。


 もう、買い足すつもりもない。


 裏切られたのだ。


 その日俺は花束を持ってブランシュに会いに急いでいた。


 もちろん普段行く花屋の花ではなく、休みにわざわざ汽車で遠乗りして南部の花を買ってきたのだ。


 ところがだ。


 街で、他の男と歩いているブランシュを見てしまった。


 眼が合った。


 いや、俺はすぐにそらした。


 花束を、落としていた。


 ブランシュの俺を見た時の気まずいような、哀れみながらこちらを蔑む微笑みが眼に焼き付いて離れない。


 許さん。


 絶対に許さん。


 結局こいつも、大人しく優しい俺を弄んで、別に男と遊んでやがったのか。


 女なんて糞ばかりだ。


 俺は怒り狂った。


 そんな俺に、『鐘楼の悪魔』は真実を教えてくれた。

 速い話、俺は騙されていたのだ。


 女は守るべき弱者なんかじゃない。やつらは性的な資本を持った強者だ。


 資本とは何か?


 戦争で捕虜になっても男ばかりが殺され、女は生かされるだろう?


 男がたくさん死んでいっても話題にならず、女の死の場合だけ派手に喧伝されるだろう?


 子供を産めるからだ。


 女は、人間の再生産が可能だ。


 娼婦は男に身体を売るだけで金が取れる。男はできたとしてもかなり少ない額だ。


 これを資本と呼ばず、他に何と呼ぶ?

 管理せず放っておくと女は、限られた美男にその再生産能力を提供する。


 俺のような不細工な大勢の男は眼を掛けない。より好みする。


 あいつらの頭は数万年前、地球に涌いてきた時から変わらない。


 俺のような優しい男ではなく、より食い物を多く獲られる暴力的な、女を取っかえ引っかえする美男にばかり惹かれるわけだ。


 これが、進化のことわりだ。


 擁護者だったつもりの俺は、すっかり騙されていた。


 真の弱者は、俺だ。

 ――ようやく分かったようだ。君の見ていたのが巧く作られたおはなし

だったってことが。


 頭の中の声は教えてくれた。


 ――私はおはなしを否定する。真実を見ろ。闇にこそ正しさがあると知れ。


 そうだ、真実だ。


 女は社会が抱え込んでおかなければならない。


 必要な男に宛がれるべきだ。


 学ばせたり、知識を付けさせて男に高望みされるようになっては再生産は行われず、人類は滅亡する。


 女は優遇され過ぎている。学ぼうとする女を破壊しなければならない。


 俺は連発式のライフルを手に取った。


 昨日、貯めていた給料を全額叩いて買ったものだ。


 これを使えば、出来るだけ多くの女をこの世から消し去ることができる。


 最初に狙うのはもちろん決まりだ。ブランシュだ。


 俺は鞄に銃を詰めて何食わぬ顔で花屋へ歩いていった。


 夕暮れ時だから、他の客はいなかった。


 いつも通りブランシュはレジの前で出迎えてくれた。

 俺の顔を見て、何か口にしようとしたその顔に――


 弾丸をお見舞いしてやった!


 血を流してぶっ倒れるブランシュを見て、俺は笑いが止まらなかった。


 ざまあ見やがれ!


 さんざん馬鹿にしてくれた罰だ。


 俺は急いで店から出ると、ある場所へ向かうことにした。


 女に教育などを施している不届き千万なところへな。

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