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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第四十五話 柔らかい月(11)

「わたしはやりたいようにやっているだけさ」


 ルナはゆっくりと歩き出しながら言った。


「やりたいようにやることで絶えず他人を巻き込むんだから世話がない」


「それは結果論だよ。わたしとしては巻き込みたくて巻き込んでいるわけじゃない」


 ルナはミロスがいた部屋の扉まで歩いていき、静かに開けた。


「おやおや、ぐっすり眠ってる」


 ルナはベッドを指差した。


 カミーユは綺麗に布団を被り、すやすやと寝息を立てていた。


「寝かせとけ」


 ズデンカはきつく言った。


「どんな夢を見ているのか気になるよ」


 ルナがまたろくでもないことを言い始めた。


「不可能なことを言うな」


「できるよ。幻想を使う」


「アホか。人の頭の中を無許可で覗くとか、いちばんやったらいけねえことじゃねえか」


 ズデンカはルナの襟首を掴む。


「君が、とても真っ当な心を持っていることが知れて満足だよ……ぐるぢい、はなぢて」


 ルナの顔が赤くなった。


 ズデンカは手を離した。ルナは床に崩れ落ちる。


「お前も寝ろ」


 ズデンカは命じた。


「もう良いよ。さっき少し微睡まどんだし」


「寝足りねえだろ。あんなに歩き回ったんだ。カミーユを見ろ、数日分の疲れでぐったりだ」


 ズデンカは声を荒げそうになった自分を抑えた。


「もういいさ」


 窓を前に設けられたミロスの机に坐った。


「子供の時から使っているものだろうね。おもちゃとかは流石に片付けられているけど、昔の傷がまだあちこちに残ってるよ」


 ルナは静かに言った。


「だからどうした」


 ズデンカは興味がなかった。


「戦争で傷ついて戻ってきて、傷だらけのこの机を見て。ミロスさんはどう思ったのだろうと考えてしまう」


「どうでもいい。男なんざ」


 と口では毒突きはしたが、ズデンカはミロスの人生に思いを馳せていた。


 戦場の風景はズデンカも見たことがある。もちろん通り過ぎただけで、遠巻きにはであったが。


 遠く、獣が吠えるような砲声。 


 血が溢れる塹壕。


 そのなかで羽化を待ち侘びる蛹のように毛布を被ってまるくなった男たちが凍えている姿を。


 死ぬまで戦わされて死ぬ。そういう場所にミロスもいたのだろう。


 ルナは立ち上がって窓を開けていた。


 窓から波のしぶきのように月光が拡がっていく。


「ああ月が綺麗だ」


 と静かに呟く。


「お前の名前の由来だろ」


 ズデンカは言った。良い言葉が浮かんでこなかったのだ。ただ反射的に思い出しただけだ。


「そうだよ。柔らかい月だ」


「柔らかいだと? ふざけんな」


 ズデンカはルナの横にならんだ。


「柔らかいんだよ。すくなくともわたしは柔らかい」


 ズデンカはふたたびルナの頬をつまんでみた。今度は力を入れて。


 ぷにーと横に伸びる。チーズのようだ。


「ああ、とても柔らかいな」


「いたい」


 そう言いながらルナは笑っていた。


「明日からはハードな旅だ。今までのは子供だましだぜ。さあ、良いから寝とけ」


「うーん、眠くない!」


 ルナはわめいた。


 本音はこれだったらしい。


「眠くなくても寝ろ。寝るんだよ」


 ズデンカはルナを揺さぶった。


「寝たくなーい! 寝たくなーい!」


 ルナの身体がプルプルと揺れた。


「寝ろ! 寝ろ!」


 ズデンカは叫んでしまった。


 焦る。


 カミーユの眠りは強固だった。


 ズデンカはルナを寝床まで引き摺っていき、布団の中に入れた。


「ぶーぶー!」


 文句を言い続けるルナを尻目に、ズデンカは開かれた窓を固く閉じた。

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