第四十五話 柔らかい月(6)
カミーユが幸せそうな顔で食べ終わるのを見戌りながら、ゆっくりと歩いてルナのところに行った。
ジュリツァはもう話を始めていた。
「あたしはね、直系の孫の顔を拝みたかったんだ」
「ほう、どういうことですかね」
ルナは訊いた。
「息子――ミロスはずっと家にいたんだよ。戦争から帰ってきてから、ずっとね。スワスティカによって作られた政権に徴兵され、オルランドくんだりまで連れていかされたんだ」
ズデンカも故国の成行は遠くから聞き知っている。
ゴルダヴァも隣国と同じように傀儡政権が形成され、住民は戦争に狩りだされた。
多くの若者たちが命を落としたという。帰ってきた者たちも、精神、身体両面の後遺症に苦しんだと言われる。
「もしかして、息子さんは?」
ルナは訊いた。
「自分から命を絶ったのさ」
ジュリツァは言った。その表情には悲しみの色はない。しみじみと過ぎ去ったものを思うかのようだった。
「人間は自分の最後を自分で決められる生き物ですからね」
ルナは口元に笑みを作った。
「あたしゃね、ミロスには嫁を貰って働いて貰いたかったんだ。でも、何も出来やしなかった。飯を食って寝るだけだ。妹たちはみんな嫁いで出ていったのに。唯一の楽しみが本を読むことだったよ。あんたの書いたね」
「それはそれは」
ルナがあまりに薄い対応しかしないのでズデンカは憤った。
「何だよお前。お前の読者だろうが! もっと悲しんでやれ!」
頭を掴み、ガシガシと左右に揺すぶる。まことに柔らかく、ふにゃふにゃとバウンドした。
「お前もお前だ。戦争で人間はどうなる? おかしくなるんだ。何も出来なくなった奴をあたしは何人も見てきてる。やれ働けだの、嫁をとれだの、ろくでもないことばかり言いやがってよ」
ズデンカはジュリツァに向かって怒鳴った。
だがジュリツァは動揺すらせず、
「それがあたしらだよ。この土地に根付いて生活を送る者さ。昔っからそうしてきたし、今さら変える気はない。あたしは子供をたくさん産んで育ててきた。娘が産んだ子を養子に貰ってでもこの家は維持するつもりだよ」
ときっぱりと言った。
「生き方はさまざまですからね」
ルナは呟いた。
「お前もこいつを批判しないのか? お前確か子供は生まないみたいなことを語っていたよな。子孫を紡いでいくような遣り方には一番反対なはずだろ」
ズデンカはなぜかよくわからないが腹が立っていた。
「わたしが単にそう生きるってだけの話さ。押しつけるつもりはないよ。ジュリツァさんみたいな生き方の人がいてもいいんじゃないかな。人を変えようなんて愚の骨頂だよ。スワスティカも洗脳実験を色々やっていた記憶がある。息子さんがどうだったのかはわからないし、もしわかるとしたら」
ルナはそう言ってパイプをくわえた。
ズデンカはさすがに察した。ルナはジュリツァの見たミロスを幻想で甦らせたいのだろう。
だが、ジュリツァにはそんな色は少しもなかった。
「息子ともう一度だけ逢えるとしたらどうだ?」
意を汲んだズデンカは訊いた。
「たった一度かい? それじゃあ、お話にならないね。あたしはミロスにちゃんと家を継いでちゃんとして貰いたいんだよ」
ジュリツァはきっぱりと言った。




