第四十五話 柔らかい月(5)
「いっただきまーす!」
ルナはお菓子をつまんで口に運んだ。
「相変わらずだな、お前」
ズデンカはルナの膨れ上がる頬をつまんだ。やはり柔らかい。
「ふにゃあああ」
ルナが咀嚼しながら声を上げたので唾が飛んだ。
「汚ねえな」
とは言いながら食卓にズデンカは飛び散ったものを拭き、ルナの口元を拭いた。
「むしゃむしゃ」
「ルナさんほんと赤ちゃんみたい! 前から思ってたけど!」
カミーユは口元を押さえて爆笑をこらえている。
「ごくん。ジャムがまだ酸っぱいね」
子供のような感想を言うルナ。
「そりゃ即製だからな。仕方ない」
「一晩寝かせてばよかったのに」
ズデンカはイラッときた。
「お前が早く喰いたがるから仕方なしに早めに作ったんだよ!」
「まあまあ」
カミーユは宥める。
「ありがと。むしゃむしゃ、もぐもぐ」
とズデンカに礼を言うと、柔らかいルナは口を動かし続けた。もう既に五六個ばかりも食べ続けている。
「よく食べるねえ」
ジュリツァさんも驚いていた。
「ごっくん」
ルナは飲み込んだ。
「ところで、ジュリツァさん。このお菓子実に美味しかったです。息子さんがお好きだったそうですね」
「お前、訊いていやがったのか」
全くルナの地獄耳は大した者だとズデンカは思った。
ルナのモノクルはきらりと光っている。
おそらく、いや間違いなく綺譚の匂いを嗅ぎつけたのだろう。
「ああ」
「息子さんとのこと。ぜひ訊かせて頂けませんか? ぷるるんぷるるん」
ルナは左右に揺れながら訊いた。
「面白い話は何もないよ」
「いいのですよ。あなたにとって価値がなくとも、わたしにとってあるかもしれない」
ズデンカに手を拭いて貰うと、ルナは懐からお馴染みの手帳を取り出し、鴉の羽ペンを持った。
カミーユは決まり悪そうに出来上がったお菓子に視線を送っている。
――しまった。
「食べていいぜ。あれはいつもの病気だ。気兼ねする必要はない」
ズデンカは焦りながら言った。
「でも……」
「いいからどんどん食え」
ズデンカは更にたくさんのお菓子を盛って、カミーユの前に置いた。
「じゃあ、お言葉に甘えて……もぐもぐ……美味しい!」
カミーユは頬に手をやって笑顔になった。
「こんな素晴らしいものを食べられるなんて、生まれて初めてです!」
――不愍だ。
ズデンカは可哀相に思った。カミーユは幼い頃から祖母に鍛え上げられたせいか、世の普通の娘が食べるような物をまともに食べさせて貰えていないのだ。筋肉の付く、栄養価の高いものばかり摂取させられてきたのだろう。
ズデンカが料理してやろうとも思うのだが、旅の道中ということもあり、それほどいいものを作ってやれていない。だが、店で買って食べたものにはほぼ何にでもカミーユは顔を輝かすのだ。
「他にもっと作ってやってもいいぞ。ジュリツァ、金は出す。だから、こいつにもっと喰わせてやってくれ」
ズデンカは言った。
「いいよ。何でも食べとくれ。金には困っていないんだ。多く買ってしまって腐らせることも多いから」
ジュリツァは穏やかに言った。
「綺譚! 綺譚!」
ルナはいつもの体勢になって足踏みしながら待機中だ。
「静かに待ってろアホ」
ズデンカは怒鳴る。




