第四十四話 炎のなかの絵(9)
二人は既に己の分身を屠り去った後だった。オドラデクは頭を胴体から吹き飛ばされて、ファキイルは身体全体がバラバラになっていた。
こうして、四つの死骸が転がった訳だ。
「ふんだ。偽者なんかに負ける僕じゃないですよぉ!」
とオドラデクは勝ち誇っているが、自分が本物だと証明する方法はない。
「お前は本当に本物か?」
「本物だ」
ファキイルが答えた。
だが、偽者だとしても、そう言うだろう。
「確かめる方法はありますよ。もう一回、地面を見てください」
オドラデクが言った。
フランツが驚いて見ると、偽者の遺骸は跡形もなく消え去っているではないか。オドラデクのも、ファキイルのも、さらには部屋の奥を見るとボリバルのものすらそうなっていた。
「やつらは偽者ですからね。死ねばすぐに跡形もなくなります。完全に複製できるって言っても限界はあるようで。だいたい、ぼくはあんな死に方しませんもん。死ぬとしたらバラバラの糸になって消えてしまうんです」
オドラデクはちょっと悲しそうな表情になって嘯いた。
「確かにあいつは俺の複製だったが、どこか違う部分があった。だが、ルナの名前を言ったとき、やつは少し戸惑っていた。知らなかったのか、それとも……」
「考えることなんかないですよー。単なる偽者なんですから、まったくもー、腹が立つなぁ」
オドラデクは地団駄を踏んだ。
「フランツ、メアリーを」
ファキイルが告げる。
――そうだ。そうだった。
フランツが書斎の中を見ると、その姿は消えていた。
――クソ、逃げられたか。
「後を追うぞ!」
フランツは走り出した。来た時と同じように、オドラデクとファキイルも続く。
急いで先ほどの応接間へと戻ると、メアリーがルスティカーナの横に立っていた。
「お前、俺を殺そうとしたな」
「いえいえ、あなたのお力を見たかっただけです。しかし、お見事ですね。クリスティーナさまをああも無惨に殺しておしまいになさるとは」
これはフランツに訊かせるためではない。ルスティカーナを絶望させるためだ。
「なんだと」
驚いたルスティカーナは、立ち上がって奥の部屋へと走っていった。
「いない、クリスティーナがいない!」
「ああ! なんておかわいそうな、ルスティカーナさまぁ!」
メアリーは両頬を押さえて、悲しげに言った。
「子供の時は一緒に過ごしてやれなかった。団欒をあの娘に与えて上げられると思ったのに」
「せっかくの再会だったのに! ほんとうにおかわいそうなルスティカーナさま!」
まるでオペラの中のように大袈裟にメアリーは立ち上がって、ルスティカーナを抱擁する。
――全ては偽者だろうが。
フランツは冷ややかだった。
「悲しい。実に悲しい。ルスティカーナさまにはぜひとも、クリスティーナさまの後を追って頂かなければなりませんねえ」
メアリーはぐっとルスティカーナを抱擁した。
強く、強く。
絞め殺すように強く。
いや、これは譬喩ではない。実際物凄い力を込めて、メアリーはルスティカーナを押し潰しているのだった。
「おごっ、ごご」
枢機卿は喉を虚しく鳴らすことしか出来ない。
血が、滴った。
雨のように、滝のように。
ルスティカーナの骨格は崩れ、またたくまに肉塊と化した。
メアリーはそれを抱きしめ続けていたが、急にポンと思い立ったように床へ放り出した。
「なぜ、殺った?」
フランツは睨んだ。
「だってー、連合軍に協力した第一人者なんて、生かしておく理由が、見つからないじゃないですか。じゅるり」
と手に付いた血を舐めてメアリーは言った。




