第四十四話 炎のなかの絵(3)
「フランツ、これからどうするのだ」
ファキイルが訊いた。
この問いは正しい。
正し過ぎるぐらいに。
フランツは思い付きで飛び乗ってはみたものの、さて次は何をすれば良いのかがわからない。我ながら無思慮が恥ずかしくなった。
――どこまで行くか、追うしかない。
そう決心した。
「とりあえずこのまま乗っていくぞ。到着してから持ち主を問い詰める」
「でも、肖像画を持っているからと言って、この車の持ち主がボリバルと何らかの関係があった、とは言えないわけでしょう?」
オドラデクは嫌に論理的に突っ込んだ。
「そりゃそうだが……」
フランツは反論しかねた。
そうこうしているうちに車はどんどん進んで行く。
方角は南。
うってつけだ。
フランツたちは南へ行こうとしていたのだから。
「まあ良いんじゃないですか。人生は冒険の連続ですからね」
オドラデクは笑った。
「お前に人生はないだろ」
フランツは腕を組んで皮肉を言う。
「ひどいなあ。僕だってまあ世間を眺めていれば思うところはありますよ」
車が大きく揺れた。
いつの間にか山曲の路に入ったらしい。フランツが外を確認すると、砂岩に車輪が勢いよくぶつかって弾けたようだ。
運転手は窓から顔も出さずに平気で運転を続けている。
パヴェーゼの南部にここまで大きな山脈が拡がっているとは思ってもいなかった。忙しさにかまけて、地図すら買っていなかったことをフランツは悔やんだ。
「うっぷ、酔いそう」
オドラデクは吐くふりをしたがフランツは無視した。
糸巻きが酔うことはないからだ。
事実数秒後にはオドラデクは余裕の表情で葉巻を燻らせ始めていた。
ファキイルは完全に黙っている。
実際、この程度の時間は確実に数千年は生きてきているファキイルにとってはさしたるものではないのだろう。
やがて古びた館が見えてきた。数世代は前の様式で建てられたゴテゴテとした破風の建物だ。
車は煙を立てて敷地の中へと入り、停まった。
男が降りてきて、荷台へ迫ってくる。絵を降ろそうというのだろう。
「お前ら、何者だ?」
そう叫ぼうとした男を三人は三方向から取り囲み、互いの切っ先――剣、髪の毛、糸を向けた。
「少しでも声を出したら命がないものと思え」
フランツは無情に言った。
「俺が質問する。すぐに答えろ。もし黙るのなら……」
「わ、わかりました。話します。話します」
明らかに男は怯えていた。ランドルフィ語だ。
フランツはたどたどしいながら質問した。
「お前は何者だ?」
「私はイタロ。北部からやってきました」
「なるほどな。あの絵はなんだ?」
「この館の主から依頼されて持ってきたました」
「依頼主だと? 名前は」
「ルスティカーナ卿です」
卿と言うからには枢機卿だろう。
もう少し南にある都市エーコには法王庁がある。
この近くに屋敷を構えていてもおかしくはない。聖職者というのに俗物が多く、子息を多く作り、財産を独り占めしているものは多いと訊く。
フランツでもルスティカーナの名前を小耳に挟んだことがあった。先の戦争時には反スワスティカの論陣を張り、大執権ジャコモに睨まれていた一人だ。
――そんな人間がなぜボリバルの肖像を? フランツは訝しんだ。




