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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第四十三話 悪魔の恋(9)

 しかし、安請け合いはしたものの、本当に悪魔が退いたとまでは断言出来なかった。


 悪魔と不死者は違う。地獄の地位こそ高くはあるが、再生能力はむしろ後者の方が高い。


 以前、聖剣で身体を切られた際のズデンカの修復よりもなお遅いと考えていいだろう。合理的に考えれば、すぐに復活はしてこないと思われた。


 ダニカは安心しきった顔でズデンカを見ている。詳しく事実を告げてまた怯えさせてしまっては大変だ。


「中へ入るぞ」


 ダニカは素直に従った。


「お疲れさま」


 麦藁帽子を被ったままのルナが一揖した。


「お前にお辞儀されるほど落ちぶれていねえよ」


 ズデンカは鼻で笑った。


「ズデンカさん、お手柄ですね」


 おそろいでルナと並ぶ麦藁帽子を被ったカミーユの顔を見るともう鼻で笑うどころではなくなった。


「あ……たしの手……柄じゃねえよ」


 不死者のため、呼吸は苦しくならないが、可笑しくってなんとも話しづらい。


「ズデンカさん、笑ってる! もー、わたしの顔になんか付いてます?」


カミーユは怒ったようで頬を膨らませた。


「その麦藁帽が……笑っちまうじゃねえかよ」


「これがなんか変なんですか?」


「別に……変じゃねえが」


 ズデンカは腹を抱えそうになった。


「うちのメイドは何でも笑うからなぁ」


 ルナが近付いて来た。


「おい、お前!」


 ズデンカはその肩に組み付いた。


「なにするんだよー」


「本当に仲がいいですね」


 カミーユは先ほどの怒りっぷりもどこへやら、いつものセリフを吐いていた。


「さて、ブラゴタさん」


 ルナはするりとズデンカの腕から擦り抜けて工場長のところヘと歩いていった。黙っていたダニカも合流する。


「工場で騒いでしまって申し訳ありません。設備など壊れたものはありませんか?」


「幸いなにも……それにしても悪魔がこの工場に取り憑いていたなんて」


 ブラゴタはまだ咎めるような様子で言った。


「取り憑いていたなんて大袈裟です……まあ言ってしまえばただの『覗き』ですね」


 ルナは笑った。


「覗きですか」


 ブラゴタは驚いた。


「年頃の男が仲間と女の水浴を見たりするというあれですよ。悪魔も結局やることは変わらないんだなあ。人間を見たいという好奇心だけで地上にやってきて、恋をする。変と言えばこれぐらい変なことはありませんねえ。はははははははは」


 ルナはいつも通り皮肉な調子で弁じ立てた。



「さて、そろそろお暇するとしましょう」


 ブラゴタの言葉を待たずにルナは歩き始めた。


 ズデンカも荷物をまとめて付き従う。


「お前ら……凄いな……まさかウァサゴを」


 袋越しにモラクスが言った。


「凄くねえ。あいつが弱くなっていただけだ」


 ズデンカは答えた。


 謙遜ではなく事実だ。


「だが仮にも大悪魔だろ」


 モラクスは苛立っていた。


「お前も簡単に捕まってるだろうがよ。昔と違って今は悪魔の時代じゃねえ。それにな……」


「それになんだ」


 ズデンカはルナの言っていたことを思い出していた。


 悪魔もまた、人間の発明に過ぎないのではないか。


 神がそうであるように。


 ならば本当に恐ろしいのは人間で、他はすべて然したる存在ではないのかも知れない。


 自分たちのような、不死者もまた。


 そう考えるとあまり、いやかなり良い気はしない。


 だが、結局不死者の存在もまた人間の創造が作り出したものであるならば、自分がいままで感じてきた怒り、悲しみ、絶望、そういったものはどうなるのか。


 ズデンカは黙っていた。


「ズデンカさん」


 声を掛けられて振り返った。


 ダニカだった。


「どうした」


「差し上げたいものが……あるんです」

 

「麦藁帽子か? さすがに要らんぞ」


 三人揃って同じ帽子を被って歩いているところを想像して、ズデンカはまた可笑しくなった。


「いえ、これです」


 ダニカは服を手渡した。工場の作業着だ。


「私のお古ですけど……ほとんど使っていないので」


「何でこんなもんを」


 ダニカは下を向いた。恥ずかしそうにしている。


「貰ってやりなよー」


 ルナが暢気に声を掛けて来た。


「わかった。ありがたく貰っておく。だが今後、万が一お前とまた会うことがあればその時は綺麗に洗って返すから覚えてろよ」


 ズデンカは作業着を器用に畳んで持っていた鞄の一つにしまい込み、急いで歩き出した。


「もういいの?」


 ルナが訊く。


「いいんだよ」


 ズデンカは振り捨てるように答えた。

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