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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第四十三話 悪魔の恋(8)

「あたしも行く」


 お株を奪われるかたちとなったズデンカはふて腐れていた。


「別に君でもよかったんだよ。あんな奴じゅうぶん押さえられたはずだ」


 ルナが言った。


 黄金の拳はゆっくりと移動を始め、驚き呆れる作業員たちが左右に退く中を工場の出口まで進んでいった。


 ズデンカはそれを追っていく。


「何が、起こったのですか?」


 ブラゴタは驚き半分怒り半分の表情を浮かべて走り寄ってきた。


「まだ危ないから黙ってろ」


 ズデンカが睨み付けると、ブラゴダは怯えながら退いた。


「こんな奴に捕まるとは」


 既にウァサゴは身体を大きく膨らまし、黄金の拳を引き離そうとするも、なかなか剥がすことは出来ない。


「なかなか大変だね。黄金の拳を想像し続けるのは」


 ルナは頭の中に浮かんだものを実体化することが出来る。今までもっぱらズデンカ以外の仲間はバリアに助けられてきたが、ルナの負担は相当なものだろう。


――あたしがいかないと。


 工場の前の平原へと拳が移る。


 ズデンカはそこまで駈けた。


 掌が開かれる。


 物凄い勢いでウァサゴは走り出した。ズデンカはそれを追いかけ、頭を押さえ前へ薙ぎ倒した。


「なんだ、大悪魔とかいっても大したことねえなぁ!」


 ルナの言う通り、今のウァサゴは確かに弱い。 


 眼とか手とか、ズデンカにとってはどうでもいいが身体の一部だけを変型させたものだからだろう。地獄で全力を出せるならともかく、勝てるチャンスはない訳ではないだろう。


 ズデンカはウァサゴの首を捩じ切った。


 その首が捩られたまま語る。


「ゆるさん。お前が地獄に来たら最期の最期まで責め抜いてやる!」


「その時はあたしもお前を倒せるようになってやるよ」


 ズデンカは爪でウァサゴの顔を引き裂き、粉々にした。


 それだけボロボロにしても血は一滴も流れない。


 喋れないぐらい細切れになったウァサゴの身体は風に流されて飛んでいく。


「ケッ。他愛もない」


 ズデンカはパンパンと手を叩いて手に着いた肉片を弾き落とした。


「おーい!」


 ルナが手を振っている。


「後で戻るって言ってんだろ!」


 ズデンカは怒鳴った。


「言ってない言ってない」


 ルナがふざけた調子で首と手足を振っている。


――確かに言ってなかったが、どうでもいい。


 ズデンカはゆっくり戻ることにした。肉片がひとかけらでも残っていたら復活するかも知れない。実際肉片からの復活経験者であるズデンカは注意深くなってしまうのだった。 残らず潰し終えると、工場へ向かって歩き出した。


「あの、あなたがズデンカさまですよね」


 ダニカだった。目が覚めたらしい。


「ああ。怖いだろ? 近付かなくて良いぞ」


 ズデンカは言った。


「いっ、いいえ。話は工場長やペルッツさまから聞きました! まさか悪魔に恋されていたなんて」


 ダニカは身を震わせた。


「お前の意志なんか関係なしだったからなウァサゴは」


 ズデンカはため息を吐いた。


「地獄に連れていかれたらと思うと……恐ろしいです」


「現世で使える身体の一部は破壊したので、しばらくは襲ってこないだろう」


「ありがとうございます」


 ダニカは深々と頭を下げた。


「ありがたがられる柄じゃねえよ」


 とはいうものの、ズデンカは気分が良かった。


 不死者とは言え、やはり元は人間だ。

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