第四十三話 悪魔の恋(7)
「ですから、わたしは綺譚を探しに世界各地を巡っています。あなたも何かとっておきのお話がないか、そして――ダニカさんも何か面白いお話を持っているのではないか。そう期待してここまでやってきたというわけですよ」
ルナは微笑んだ。
――あちゃあ! こいつ、まじで自分が好きなことばっかり話すな。
ズデンカは呆れた。
ルナの旅の目的は明確だ。そしてルナはそればかり各地で訊いてまわっている。たとえ変人だと誹られようとも。
ズデンカもそれに尾いていっているわけだが、まさかこんな時になってもまだ訊くかという気にすらなる。
――それで、人が助けられるか。
「俺は物語など興味がない。人間はなぜか物語を作りたがる。各地でろくでもない民話が口伝えされ、都市ではそれによく似た噂話が蔓延る。中には悪魔に関する話まである。連中は滅びるその日まで延々と話を作り続けるだろう。そんなものを蒐めても何の得にすらならぬのに」
「なってます。わたしの場合はお金に」
ルナは言った。
「通貨などどうでもいい。所詮人の作り出したものにしか過ぎん。話もそうだが人間は」
ウァサゴは言った。
「でも、物語というのは人が生きるよすがですよ。一生暗い牢の中で暮らさざるを得ない人も、きっと最期まで物語を作り続けるでしょう。物語を作るというのは人間の本能にどこか刻まれた行いなのかもしれません。もっともわたしは自分では作れない。だから人から聞いて蒐めることを趣味にしていましてね」
ルナはパイプに火を付けた。
「いい加減ダニカを貰うぞ」
ウァサゴはズデンカに近付いた。ズデンカは退き肩に担いだダニカへ手を回した。
「でも、もしかしたら悪魔だって人間の作り出した綺譚かもしれない」
ルナがぽつりと言った。
「なんだと」
目を剥きだし歯を尖らせるという凄い形相でウァサゴは睨み付けた。
「だって、悪魔について書かれた本って全部結局人間が書いたもので、悪魔の階級も全て人間が決めたものだ。あなた方はじっさい人間が決めたようなあり方で存在している。これを人間が作らなかったとすれば嘘になるでしょう。悪魔の力を真似て作られたと言う本『鐘楼の悪魔』あれだってつまるところは人間の恐ろしさ、かもしれません」
詭弁は詭弁。だが妙な説得力がそこにはあった。
「世迷い言を」
「世迷い言かもしれない。でも人間が決めた以上のかたちであなた方が存在したことって正直あるんですか? わたしは疑問なんだなあ」
突風が起こった。ウァサゴの身体から拭いてきたものらしい、
工場員は皆作業を止めて身を伏せた。
――クソが。また巻き込むことになっちまった。
ズデンカはルナを睨み付けた。
ルナはどこ吹く風で煙を吹き出している。
その頬へとウァサゴが撲りかかった。
途端に動きが止まる。
「この前、わたしのメイドが聖剣で襲撃されたことがありましてね。悪魔と不死者の関係性はとても近い。なら悪魔にも効くのかな、と思いまして」
黄金色に輝く巨大な拳がウァサゴを捉えていた。
ウァサゴは振り放そうと藻掻くが一向に逃げ出すことは出来ない。
「やっぱり。地獄に本体があるからここに来られるのはわずかだけだ。わたし程度の力でも何とかなりそうですね」
ルナは笑った。




