第四十三話 悪魔の恋(2)
「この工場、女性が多いですね」
ルナは周りを見回して言った。
女性の作業員たちは作業台の前に腰掛け、一心不乱に手を動かしている。
「はい。連合国との戦争によってスワスティカへ徴用されまして多く戦死し、女性で補いました。その新しく来る人も女性が多く、今ではそんな感じで」
――そうか、ゴルダヴァもスワスティカに支配されていたのか。
故郷を長らく離れていたズデンカには目新しい情報だった。事前に読んでいた『ゴルダヴァ地誌』は戦前で内容が終わっているため載っていなかった。
だが、スワスティカはゴルダヴァを併合はしなかったとおぼろげながら記憶している。
「傀儡政権を建てて、実質的には手駒として扱いましたからね彼らは。お得意の手法です」
さすがにルナはこのあたりに詳しい。
「故郷について、あたしはなんも知っちゃいないな」
ズデンカは漏らした。
「へー、君が知らないなんてモグリだなあ」
ルナは辛かった。
「ズデンカさまはゴルダヴァのお生まれなのですね」
ブラゴダが言った。
ズデンカは焦った。
何しろ、さっきトラックに載っている時、自分が吸血鬼であるという会話をしたからだ。
ゴルダヴァ人は吸血鬼を良く思わない。それは長らく村社会を脅かしてきた敵だからだ。
その相手であるアグニシュカは余り大きな声で話さなかった。
ブラゴダの顔を見る。
微笑んでいた。
どうやら聞いていなかったようだ。
「まあ、そうだな。離れて久しいが」
『大昔のこと』みたいな表現を使うと、かえって怪しまれるので適切な言い方に留めた。
「それにしては、お膚の色がお黒いようですが?」
ブラゴタは少し眉を細めた。
――どこか疑っているのかも知れない。
「いや、それは母親がエリア族でな」
ズデンカは事実を述べた。ルナを含めこれを話したのは初めてだ。
エリア族はシエラフィータ族と同じようにトルタニア大陸中に住んでいる一族だ。
もともとは黒羊海の遙か南からやってきたと言い伝えられているがルーツはわからない。人間だったとき、父親のゴルシャが奴隷にしていた女との間に生まれたのがズデンカだった。
「初耳! 初耳!」
ルナがピョンピョンと跳ねた。
「そうですか」
ブラゴタは笑顔のままだったが、やはりどこかで差別心は抱いただろうとズデンカは感じた。
吸血鬼であること、エリア族であること。
どちらも差別されているが、厳密に言えばこの両者は違う。吸血鬼は明らかに人に害をなしており、その証拠もある。
エリア族も盗みは多くするとは言うがそれは他の人種も同じ程度のものだ。
――だが、その二つを兼ね備えているあたしは何なのだ。
ズデンカは惑った。
「ありがとうございます。それでは失礼させて頂こうかな」
ルナが言ったその時だ。
何か蠢く音が聞こえた。
荷物を梱包し、なおかつ耳のとても良いズデンカならすぐにわかった。
悪魔モラクスだ。
牛の首の姿に化け、ルナたちとなぜかよくいわからないが旅に同行するようになったのだった。
「臭い! 臭い!」
よく耳を澄ませてみるとそう叫んでいることに気付いた。




