第四十二話 仲間(9)
「……そうですね」
アグニシュカは納得したようだった。だがまだ不安そうにズデンカを見やる。
「君もなんか話してやれよ」
ルナが急かした。
「話って言われてもな」
ズデンカが応じた。
「吸血鬼ってのがずばりどんなものか教えてあげるとか」
ルナがピンと指を立てる。
「よくわかれねえよ。ただ一回血を与えられて死んで生まれ変わったってだけだ」
「へえ。君も与えられたんだ。じゃ『闇の親』がいるって訳だね。お父さん? お母さん?」
『闇の親』とは吸血鬼の眷属にした者のことだ。
支族は多岐に亘るとは言え、この闇の親はかならずいることになっている。そうでない者は一握りの吸血鬼の始祖だけだ。現在ほとんど滅ぼされたか、生きていても表に出てくることは稀と言われている。
吸血鬼はまず、人間の血を吸い、己の血を送り込む。そのなかで限られた者だけが蘇生して、吸血鬼になるのだ。
親と子の関係はこうして生まれる。
ズデンカはルナに今までほとんど自分の生い立ちを語っていなかった。
それでもルナは吸血鬼の生体について興味を持ち、自分で調べているらしい。
――そろそろ語るべきか。
「女――母だ」
ズデンカは言葉短かに答えた。
「だろ? 吸血鬼だってわれわれと同じように父母がいるんです。親近感が湧いたでしょう?」
ルナが大仰に手を動かしてアグニシュカに説明した。
「はあ」
アグニシュカは呆気にとられているようだった。
「あたしは子を作るつもりはない。お前の血を吸うつもりもないし害はなさない。ここまで言っても信じないか?」
ズデンカはアグニシュカを見据えた。
「……いえ、信じます」
長い長い沈黙があって、ようやくアグニシュカは答えた。
ズデンカは少し拍子抜けしたもっと警戒を強められるかと思っていたからだ。
「助けて頂いたのに、身勝手な恐怖感から言ってしまって本当にすみませんでした」
「いや、仕方ない。吸血鬼は人を襲って血をすする。あたしもお前らは襲わないが必要とあれば血を貰うことにしている。そういう属性だ。姿を見た人間は多いだろう。お前が恐れるのも無理はない」
ズデンカは言った。
「助けていただいて、ありがとうございます」
それには何も言わず、アグニシュカはひたすら頭を下げた。
「仲直り出来てよかったですね」
カミーユがにっこりして首を傾けた。
「仲直りって……あたしらは別に」
そこでズデンカは口籠もった。
仲間じゃねえよ。
この言葉を吐いてしまいそうになったからだ。
ハロスに対しては仲間だと言った。
――だったら、仲間でいいじゃねえか。
ズデンカは思い直した。
「ああ、そうだな」
「あ、ズデンカさん。笑ってる。珍しい!」
カミーユが微笑んだ。
「珍しかねえよ」
「珍しいですってば、雹か霰でも降ってきそうな雰囲気ですよ」
実際それは当たった。
いきなり凄い勢いで霰が降ってきたのだ。
「うわあ」
ルナは帽子を深く被り、マントで身体を蔽った。
「仕方ねえな」
そうは言いながらズデンカはルナを守らず、アグニシュカとエルヴィラの上に覆い被さった。
「ちょっとー、わたしを守ってよ!」
ルナが喚くがズデンカは無視した。
「大丈夫ですかー?」
カミーユはブラゴタに声を掛けている。
「天蓋を張っていますので大丈夫です」
声が帰ってきた。
「ありがとう、ございます」
身を縮ませながらアグニシュカが言った。
「繰り返さなくていいぞ」
ズデンカは言った。確実に笑っているという意識を持って。




