第四十二話 仲間(6)
流石にトラックは進むのが速い。
徒歩だと一時間で三キロ進めば良い方だ。もちろんズデンカ独りなら二十キロは疾走できるが今は連れがいる。
「どちらまでですか? 私はキシュ周辺で安く買った麦藁をパヴィッチの工場まで運ぶ途中で……帽子の製造業をやっております。そろそろ夏でしょう? 結構売れるんですよ」
天蓋のない運転席に座ったブラゴタが運転しながら声を上げた。
「……」
普段なら何か言いそうなエルヴィラも硬く口を閉ざしていた。
アグニシュカと視線を合わせ、無言の対話を続けている。
このトラックなら一日でたぶん中部都市のパヴィッチまで辿り付けるだろう。
――アグニシュカとエルヴィラもそのあたりで別れるはずだ。
ズデンカはそう思っていたが、二人が言葉を発しないのが気になる。
どちらにしても長い付き合いではないのだから、いや、危険な旅で長い付き合いになってはいけないのだが、このまま物別れになってしまうのはズデンカとしては頂けなかった。
「お前らの馴れ初めはどうなんだ?」
ズデンカは無理に話し掛けた。
「どうって……お城で……」
アグニシュカが珍しく応じた。
やはり自分としては変化球が良かったのかも知れない。
――というかあたしも大概ルナに似てきたな。
さっきの会話の流れを思い出して苦笑してしまいそうになる。
「いや、園丁の娘と貴族の娘という話はもう知ってる。あたしが訊きたいのはどうして互いに……惚れたかってことだ」
ズデンカも少し言い澱んだ。
「え……薔薇の棘が指に刺さってしまったんです。エルヴィラさまのそれで私が……」
と言ったところでアグニシュカは口を押さえた。信頼していないズデンカの前で喋ってしまった自分を羞じているのだろう。
「へえ、まるで詩みたいじゃねえか」
ズデンカは鼻で笑った。
「……でもそれが出逢いだったんですから」
アグニシュカは顔を赤くした。
「なんだ、お前でも人並に顔を赤くするんだな」
ズデンカは言った。大分食い付いてきたと思った。
「本当にそうですよ」
エルヴィラが庇うように言った。
「素晴らしい。そんな出逢いがしたいものです!」
ルナは両手をオーバーに拡げながら言った。
「お前は黙っとけ!」
ズデンカは怒った。
「あれあれどうしたの、突っ慳貪だね」
ルナは煙を吐いた。それが後ろに棚引いて消えていく。
「いい機会なんだよ。こいつらがもうちょっとあたしと打ち解けるな」
もう正直に言うことにした。
「なるほど! 確かに君とアグニシュカさんは打ち解けていなかったからね。せっかくの短い旅だ、気まずい空気が残ったままじゃ、ね。次はもう一生逢えないかもしれないんだし」
長い時を生きてきたズデンカは鈍感になって思いもつかない言葉だったが、よく考えてみればそうだ。
旅で別れた人間と再び巡り逢うことは稀なのだから。
「アグニシュカは薔薇の棘を刺したわたしの指の血を吸い取ってくれました」
エルヴィラも顔を赤くしながら言った。
「ひゅー」
ルナが口笛を吹いた。
だがもうトラックの外の風景の観察に戻っていた。
「エルヴィラさま!」
アグニシュカは顔を顰めた。
「別に良いじゃねえか。ルナの言う通り、お前ら二人以外、ここにいる連中は今後会うかどうかすらわからねえんだ。まあ同じ国に住むことになるブラゴタはどうか知らんがな」
「決して口外しませんよ!」
ブラゴタは運転しながら半笑いを浮かべて応じた。
「だそうだ。もっと話せ」
ズデンカは急かした。




