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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第三十八話 人魚の嘆き(6)

「なーんてねー。実は、もう払って貰ってるんだよ」


 そう言ってシンサンメイは笑った。


「払って貰った? 誰にだ」


 俺はびっくりして訊いた。


「ルナ・ペルッツが、さ。仮に君が来なくても返さなくていいって多めに貰った」


 「はあ?」


 呆気にとられた。ルナは自分が払うなど少しも言っていなかったからだ。


 ましてや、この店に行くことに決めたなど、俺ははっきりルナに告げてもいなかった。


 負けるようで恥ずかしかったからな。


 俺がいくとあたりを付けて、別に外れてもどうでもいいとはいかにもルナらしいやり口だ。


 だが、正直助かったのは間違いない。


 一時間はすぐ経ち、皮膚の感覚が、ひりつくような感覚が蘇ってきた。


「数日は痛むだろうね。熱もでる」


 さも当然かのように、シンサンメイは言ってのける。


「その程度、修行をやってれば忘れる」


 俺は言った。


「明日ぐらいは休んだ方がよくね?」


「休めない。俺は出来るだけ早くスワスティカを狩りたい……」


「ふうん、なるほど。そう言うとこ、ぜんぜんルナと違うね」


 また煙草を吸い始めたシンサンメイ。


「違って当たり前だ。生き残った同胞だって、ほとんどそれを望んでいる。あいつだけがおかしいんだ!」


「おかしいのか。なら俺はおかしい方が好きだな」


「はぁ?」


 訳がわからない返事だった。


「まあいいや。背中を見てごらん」


 俺は無理に立ち上がらされた。ちくちくとした痛みは去らんが、一応歩けはする。


 部屋の奥の方にいくと鏡が柱に据え付けられてあった。


 俺は背中を映しながら確認する。


 真っ赤になった皮膚の上に人魚の姿が描き出されていた。


 それにしても実に緻密で、なんと肌理細かく描かれていることだろう。


 鱗の一枚一枚に到るまで、しっかりと表現されていた。


 人魚の妖美な微笑を目にすると思わず恥ずかしくなっていた。


 今、目の前にいるこのいい加減な彫り師の手から生まれたものだとは到底思えない。


「みとれてるねえ」


 シンサンメイは茶化してきた。


「まあちゃんと出来たようだな」


 俺は皮肉交じりで言った。


「うんうん。でも一週間後ぐらいにまた来てね。その時死んでなきゃだけど」


 と凄いことを言ってくる。


「死ぬようなことなのか」


「今まで施術して死んだ人はいないはずだ。まあ報告が来てないだけかも知れないけど」


「じゃあ、何でそんなこと言うんだよ」


「一応確認。自分の仕事はしっかり果たしたいんで。もし後遺症が残った場合は返金するよ。あと、この刺青は特殊だからね。人魚の加護が得られるって言ったろ。それを確かめたいんだ」


 俺はシンサンメイを睨んだんだと思う。


「そんな怖い目してないで、さっさと帰った。さあさあ」


 追い出されるように店を出た。


 すっかり夕暮れになった中を帰っていったさ。


 翌日、見事なまでに熱を出した。


 三十八、いや九度近かった。訓練に行くつもりだったが、とてもじゃないが無理だ。


 当時家として使っていたホテルのベッドで横になっていると、ルナ・ペルッツがやってきた。


「こんちはー」


 もちろんルナのことだ。 


 少しも看病はしてくれない。そういうとこはお前と似ているな。


 俺は震える手で作ったオートミールを書き込んだところだった。


「やっぱり、熱出しちゃったかぁ」


「どこで俺が刺青をしたと訊いた」


「さあね」


 はぐらかすが、きっとシンサンメイだろう。口止めこそしていないが顧客の情報をばらすとはとんでもない奴だ。


 ルナは俺の部屋の中を歩き回り始めていた。

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