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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第三十七話 愛の手紙(4)

「先日はありがとうございました。


 病気は大分良くなったと思っていたのですが、ぶり返してしまって。 


 まことに情けない限りですが、またお金を切らしてしまいました。


 少しでいいから送って頂ければ幸いです」


 すぐさま送りました。


 私の心の中では顔を見たこともない異国の貴公子が病んでベッドに横たわる姿が浮かんできました。


 痛々しい床ずれの痕。水差しを必死で呑みながら病と闘い続けているのです。


 切なくてって苦しくてって、たまりません。


 血の繋がった兄から酷い目に合わされて、貧乏暮らしをしなければいけないなんて。


 私は借金をしました。


 返済には何年も、何年もかかりましたよ。


 はい、つい最近までずっと返し続けていました。


 ミロスラフさまに送金を続けなければなりませんから。


 やがて病が癒えたとの手紙が届きました。


 私は安心しましたよ。


 なんとしても逢いたい。


 たとえ、向こうが断っても行こう。 


 そう決心していた矢先。


 戦争が始まりました。スワスティカが攻め込んで、ヴィトカツイを占領しました。


 私はシエラフィータ族ではありませんでしたから、強制連行されることはありませんでしたが、それでも一時国内は騒然として外国旅行などいけるような状況ではありませんでした。


そうこうするうちにバーゾフの大公家――ミロスラフさまを追い出した兄ニコライ六世はあっけなく、スワスティカに恭順。


 属国となる道を選んだのです。これはご存じのことだと思います。


 それまでは手紙が続いていたのですが、ぱったりと途絶えてしまいました。


 私は心配で心配で、何度も手紙を送りましたが、届きません。


 我慢できなくなって、旅に出ようとしていたら、父が倒れました。


 脳梗塞でした。もうかなりの高齢になって、寝たきりの状態が続きましたので、私は介護をしなければならなくなりました。


 あれほど厳しく私を育て導いてくれた父が今はおむつをして私がそれを取り替えて上げなければならなくなっている。


 今まで順調に来た人生のなかで起こった辛い出来事でした。


 辛いことは続きました。


 介護に疲れた母が病気になって亡くなったのです。


 結局、結婚をせずに通してきた私は孫の顔を見せてあげることが出来なかったことばかりを悔やみ続けました。


 戦争が終わりました。スワスティカは滅んで、移動は自由になっていきました。


 父はそれから十年近く、つまりごく最近まで生きていました。


 スワスティカに媚びて信頼を失ったバーゾフ公国は解体、共和国が成立して民主制に移行しました。


 私はミロスワフさまの口座にお金を振り込み続けながら、介護と仕事を続けました。


 私の地位であれば、介護してくれる人を雇うこともできたのかもしれませんが、お金を使ってしまったので、そうも出来なかったのです。


 父が亡くなって独りぼっちになった私は、ミロスワフさまのことばかりを考えるようになっていました。


 ところが、今度は私が命に関わる病気だということがわかって。


 それで、早期に銀行を辞めて、退職金を貰い家を引き払って旅に出たところで、あなたさま方と出会ったのです。


 こんなところでよろしいでしょうか?

 

 


「ルナ!」


 いてもたってもいられなくなったズデンカは突如ルナの手を掴んで立ち上がった。


「どうしたの?」


 ルナはきょとんと首を傾げていた。


 ズデンカはそれも苛立たしかった。


「ちょっと外で話がしたい」


 穏やかに二人を見守るヨハンナを背に二人は歩き出した。


「ここでいいじゃない」


「いや、小声で話せるとこに行くぜ」


 寝台車に引き返し、寝台の狭いスペースの中へ二人で潜り込んで声を殺して話し合った。


「お前はわかっているだろ。ヨハンナが騙されてるってこと」


「ええ! そうなの!」


 ルナはわざとらしく言った。

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