第三十五話 シャボン玉の世界で (2)
「敵意はあるか?」
思わずフランツはファキイルに訊いていた。
こう言うことに関しては、犬狼神はやはり感覚が鋭敏なので。
「感じられないな」
「そうか」
「じゃあ、話し掛けてみましょう」
すたすたとオドラデクが歩み寄った。
「やっほー!」
――なんだよその挨拶の仕方は。
フランツは呆れた。
「やっほぃ」
だがねずみの方も気楽に答えたのには驚いた。
――そう言えばルナ・ペルッツはねずみが苦手だったな。
フランツは考えた。
「僕はオドラデクって言うんですけど、この国にスワスティカの残党が潜んでいるって噂、ホントですかね?」
――いきなりそんな聞き方する馬鹿がいるか。
「あたしはカルメンだぁよぉ。ふんむぅ、スワスティカの連中がまだ生きてたなんて初耳だぁよぉ。ルナさんならなんか知ってるかも知れないけどぉ」
「おい待て、ルナだと?」
フランツはビックリして近付いた。
「それはルナ・ペルッツのことか?」
「うん! そうだけどぉ」
カルメンは黒い宝石みたいな目をキラキラと輝かせながら、首を傾げた。
「ルナと会ったのか」
「友達になったんだよぉ、あんたもぉ?」
カルメンは陽気に言った。
「ルナは……知り合いだ」
フランツは口ごもった。友達だとはっきり言いたくはなかったからだ。
つまり、気恥ずかしいのだった。
「そうなのぉ。ルナさんの友達なら、あんたも友達だぁよ」
カルメンはフランツの『知り合い』という表現は無視して、意外と細い前脚で、背中をポンポンと叩いてくる。
「ルナ・ペルッツがここに来てたんですねえ……一足遅かったなぁ」
オドラデクは羨ましそうに言った。
「また帰りによるって約束してくれたぁよ!」
カルメンは嬉しそうに跳ねた。
「それまで待ってられませんしねえ。ランドルフィを探し回るしかなさそうです。はぁ、めんどくさいなぁ!」
オドラデクはため息を吐いた。
「カルメンはどこの生まれか?」
それまで黙っていたファキイルがいきなり訊いた。
「ロルカ産まれだぁよぉ」
元気の良い答えが返ってくる。
「なんでここまで来たのか?」
ファキイルは続けざまに訊問した。
「故郷を追われてねぇ。いろいろあったんだぁよぉ」
カルメンは遠い目をした。
「大変だったのだな」
ファキイルは少しだけ面を伏せた。
共感したのだろうか?
フランツには意図が読みとれなかった。
「今は楽しいし問題ないよぉ。あ。ちょっと事件はあったんだけどねぇ。ハウザーって人がパピーニを襲ったんだぁよ。教会が砲撃されたとかでぇ。あたしは見てないんだけどルナさんが捕まりそうになったとかでぇ」
「何だと!」
フランツは驚愕した。
カスパー・ハウザー。
『銀髪の幻獣』こと元スワスティカ親衛部の隊長。
一番の討つべき敵ではないか。
――そんなこと、シエラレオーネ政府からの報告には書かれていなかった。
いや、各地を移動していたフランツはここ数ヶ月ばかりちゃんとしたやりとりをしていないのだ。
直近に起こったと思われる事件について知り得ないのは仕方ないだろう。
「おい、もっと詳しく教えてくれんか?」
「あたしはなんも知らないよぉ」
カルメンはまだ首を傾げた。
埒が開かない。ハウザーとスワスティカの関係も知らないのだから。
教会が砲撃されるまでの事件だ。詳しく知っている住人が他にいてもおかしくない。
――もっと情報を探す必要がある。
「おい、オドラデク、ファキイル。行くぞ」
後へ随う二人に告げた。




