表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

359/1238

第三十四話 貴族の階段(7)

 聳える板の壁。私はその前に立ったのです。


 とは言え、急に大きな音を立てたらすぐ気付かれてしまいます。


 父本人は決して来ないでしょうが、召使いに捕まえられてしまう可能性は高いのです。


 私は一計を案じました。


 釘で打ち付けられた板の一枚一枚を、釘抜きで取っていきます。


 背が届かない部分は台を幾つか重ねて、足を震わせながら抜きました。


 落ちてしまっては、一巻の終わりです。


 台を慎重に降りながら、私は事を進めました。


 一日に抜く枚数はわずかに留めました。気付かれてしまっては困るからです。


 幸い召使いは誰も気付きませんでした。


 見回りすらしないように父が命じていたようです。


 でも焦って私の存在を気取られたら、そんなチャンスも水の泡です。


 半月ほど掛けて、板の壁はすっかりなくなってしまいました。


 長く家を一歩も出ず、父はもちろん、召使いともほとんど話さずにただ作業に従事する日々は、とても辛いものがありました。


 でも、その間にアグニシュカは何度も手紙を送ってくれました。


「お嬢さま。私はいつまでも待ちます」


 アグニシュカは、いつも私のことを「お嬢さま」と呼んでくれます。


 それに見合うだけの価値が、自分にあるのだろうかといつも思ってしまうのですけれど。


 私は先にゴルダヴァへ行ってくれるようにアグニシュカに告げました。


 心細くはなるでしょうが、階段の影響をアグニシュカまで受けてしまっては、と考えたからです。


 実は、向き合うことを恐がったからでしょうか。将来のこととか、いろいろ考えてしまうと。


 どちらにしろ、私は階段を降りることになったのです。


 そして、嫌でも自分に向き合わされることになりました。


 一歩降りた途端、目眩がしました。


 ああ、これか。


 と思いましたね。


 我が血脈が纏い、代々伝える、階段の悪夢。


 でも、身体が浮くように感じて、何かが違うと感じました。


 これは夢では、ありません。その時、私は明らかに起きていました。


 階段の段々の感触はなくなって、溶けていくチョコレートへ足を突っ込んだように、下へ下へ沈んでいきます。


 絨毯はへこんで破れもせず、ゴムのように薄皮のように、広がっていきました。


 とうとう私は、絨毯を抜けて、真っ暗闇の中にぶらぶらとぶら下がるような状態になっていたのです。


 絨毯は頭上で平らかに広がっていました。


 その下に続いている階段を、私は裏側から眺めているのです。


 よくわからない状況に陥っていました。


 いま、私はどこにいるのでしょう。階段の下にめり込んでいるでしょうか。

私とは逆に、上に向かって飛翔していく、茶色い塊が視界を過ぎりました。


 最初、それをナマケモノのような毛の多い動物ではないかと思いました。


 でも。


 違ったのです。


 アグニシュカでした。


 冷たい笑顔を浮かべたまま、こちらを見詰めてきます。


「どうして?」


 思わず私は漏らしていました。


 答えは返ってきません。


 アグニシュカはここにはいない。そんなことはわかりきっているはずなのに。


 私は冷静に考えました。


 これは幻想です。


 たぶん、私の内面に呼応して、姿を現したのでしょう。


 起きながら夢を見ているのか。


 ずいぶん悪趣味なことだと思いました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ