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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第三十四話 貴族の階段(6)

 そんなことがあったもので一族は皆、その階段を避けて通ることになりました。


 家の真っ正面から出ないというのはずいぶんと変でしょう。


 でも、大階段の向かい側にある小さな階段を使って、外へ降りるのが皆の慣習となっていました。


 アントニの長男、つまり私の曽祖父のリシャルドはとても長生きしました。


 九十を超えるまで。


 つまり、私も幼い頃会ったことがありますが、すでに言葉を発さず、静かに暖炉にあたっていた記憶しかありません。


 そのリシャルドも若い時一度階段の夢を見たことがあるそうです。


 やはりどこまでもどこまでも段は続き、降りられません。


 しかし、リシャルドが賢明だったのは途中で降りるのをやめたことでしょう。


 その場に立ち尽くして、ずっと目覚めるのを待ったそうです。


 翌日からもう階段の悪夢を見ることはなくなりました。


 これは本人ののんびりした性格も幸いしていたのでしょう。


 リシャルドは早めに男爵位を引退してその後を継いだのが私の祖父ヘンリクです。


ヘンリクは伯父のレシェクの血を引き、とても剛毅な性格でした。


 それが災いしたのです。


 とは言え、最初階段の夢を見た時は父の言いつけに従い、降りずに終わりました。


 夢を見ることもなくなったのです。


 ところが、もうその頃から既に二度も惨劇の起こった場所として忌まれていた階段を降りるという気を起こしたのです。


 ヘンリクは意気揚々と渡りきりました。


「なんだ大したことはない! 俺は階段を渡りきったぞ!」


心配して周りに集まった皆を眺め渡しながら、ヘンリクは宣言しました。


 ところが。


 いきなりヘンリクは胸を押さえて倒れこんだのです。


 それきりです。ヘンリクは事切れていました。


 記録には心臓発作とありますが、伝承では怪死ですね。


 ともかくこれが決定打になって我が一族は二度とその階段を降りなくなりました。


 ヘンリクが残した一人息子で、その死を間近で見たのが父タデウシュです。


 それがショックだったのか、とても保守的で頑迷な性格として育ちました。


 成人してから夢を見ても言い伝えの通りにし、一切の関わりを避けたのです。階段の入り口には板を張り付けて何人たりとも通れないようにしました。


 私は父の一人娘です。


 跡取りとなるはずなのですが、不思議と階段の夢を見ませんでした。


 父はことあるごとに私に干渉してきます。


 召使いを張り巡らせていたのでしょう。私がアグニシュカと仲良くなっていることを知り、すぐに引き離そうとしました。


「女同士で何をやっている! お前には大事な孫を産んで貰わないといかのに」


 アグニシュカに来るのを止めさせたのも父です。


 私は屋敷の出入りも禁じられるようになりました。


 やりとりが出来なくなった私はほとほと困ってしまいました。辛うじて召使いが一人、危険を承知で手紙を届けてくれて、連絡を取ることが出来ました。


 脱出しよう。


 二人の目的はすぐに一致しました。


 お金をかき集めて、召使いに頼んで乗車券を入手することまでは成功したのですが……。


 肝心の我が身を外に出すにはどうすれば良いのか。


 そこで思い付いたのが例の階段です。板を打ち付けたその場所に父は絶対に近付こうとはしませんし、召使いたちも遠ざけさせています。


 板を打ち壊して、階段を降りさえすれば、この身を閉じ込める鳥籠のような家からおさらばできる……。


 怖くはありましたが、決意を固めました。

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