第三十四話 貴族の階段(2)
「あ? どうしてんなことがわかるんだよ!」
二度も否定されたズデンカは半ば怒りながら訊いた。
「歩き方さ。わたしみたいな庶民はああいう風にはなかなかいかない」
見るとその少女は内股になった左右の脚を、しずしずと交互に進めながら進んできた。その軽やかさは蝶が舞うようだ。
確かに、その服には似つかわしくない動きだった。
「そういうものか」
ズデンカはルナの視点に改めて驚かされた。
「もっと下品に歩くからね。多少は後からでも変えられる。でも生まれ持ってのものはなかなか難しい」
少女は近付いてくると、スカートの裾を掴んで一礼した。
「はじめまして」
「お忍びですか?」
ルナは挨拶を返さず笑ったままで言った。パイプを少し遠ざけたのは気を遣ったのかとズデンカは疑った。
「なぜ、おわかりになったのですか」
少女はビックリした。
「あなたの輝くばかりの姿態からですよ。どこか常人とは異なりますからね」
ルナはお世辞を言った。
「まあ」
少女は頬を赤らめた。
ズデンカは顔を背けた。
「わたしは……と挨拶したいところですが。あなたはわたしのことをご存じのはずだ」
「はい。私はエルヴィラ・コジンスカヤと申します。ルナ・ペルッツさま。奇妙なお話をお集めになっていると伺いまして……」
エルヴィラは後は言わない。あえて察しさせるあたりが、貴族の嗜みなのかとズデンカは頭を捻った。
「ああ、コジンスキ伯爵家のご令嬢ではないですか。貴族年鑑で確か名前を見かけました。ちょうど、ミウォシュに所領を持っていたと記憶してますね」
ルナはスラスラと言ってのけた。
「はい、少しお時間の方を頂ければと思っております」
少し焦れたのかエルヴィラはルナに一歩近付いた。それでも、落ち着いたたたずまいは崩さない。
「この場所はあなたと話すにはいささか野蛮過ぎる。駅まで来たということは、もともとお乗りになる予定だったんですよね? 車内でお話致しましょう」
とルナはパイプの火を吹き消して、列車の中を指差した。
「はい。それでは御先に、失礼致します」
エルヴィラはまた一礼して歩き出した。ルナとズデンカも後に随う。
「やはり、貴族の女性だけある」
ルナが言った。
「面白そうな綺譚知ってそうだね! わくわく!」
「また面倒ごとに巻き込むんじゃねえぞ」
ズデンカはルナのいつも突拍子もない行動の事後処理しなければならない。
相手が危険に巻き込まれるようなことになった例もあり、とりわけ無辜の相手であれば、後悔することも多かった。
ズデンカの中でエルヴィラの印象はまだ揺れているが、少なくとも悪い人間ではなさそうだ。
客席へ向かって廊下を移動しながら、そんなことを考えた。
戻ってみるとカミーユが驚いて立ち上がった。
「はっ、初めまして! 私、カミーユって言います!」
「こちら、コジンスキー男爵令嬢のエルヴィラさんだ」
ルナが爽やかに紹介する。
「き、貴族の方なんて、初めてお会いしますので、何を言っていいか……」
エルヴィラは微笑みを浮かべ、また一礼した。
「よろしくお願いします」
「へ……はっ、はい!」
カミーユはどぎまぎしながら、座席にへたり込んでしまった。
「切符は大丈夫か?」
ズデンカはエルヴィラに言った。
「はい。一等客車のものと、二等客車のものを用意してきています。座席はお隣にはなりますけど……」
「それじゃあエルヴィラさん、あなたがなぜ、そんな格好で列車に乗ろうとしたのか、教えて頂けますか?」
ルナが訊いた。
「私は家――コジンスキ家から逃げてきたのです」
エルヴィラは静かに話した。




