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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第三十一話 いいですよ、わたしの天使(10)

「アモスともまた逢えるさ。我はそう信じている」


 だがファキイルは怒る様子がなかった。


「そうか」


 少し声を震わせながら、フランツは答えた。


「フランツも逢えればいいな。逢いたい人に」


 ファキイルは静かに言った。


 フランツは頬が熱くなるのを覚えた。


――逢いたい人とは、自分の場合誰なのだろう。


 そういう風に考えていると、


「天使さま」


 またクロエが追ってきた。


「どうした」


 ファキイルは短く答える。


「天使さまともっと一緒にいたいです」


「それはできない」


 ファキイルは言った。


「我には連れていかねばならぬ者たちがいるのでな」


 ファキイルはフランツの方を見た。


「……」


 クロエはとても悲しそうな顔になった。


「なら、代わりに皆で天使像のところへいかないか?」


 何の慰めになるのだと心の中で黒く囁く声があったが、フランツは提案してみることにした。


「そうしよう」


 ファキイルは歩き出した。クロエもそれに従う。


「あれあれ、皆さん仲良くお出かけですかぁ! ボクだけ置いてけぼりかってそんなのないですよぉ」


 オドラデクが家の中から出てきて囃子立てた。


「お前も来い」


 とは声を掛けたが、フランツはオドラデクに気を遣っていられない。


 ファキイルの足どりは遅い。なのにクロエはその後ろを崇めるようにゆっくり歩いていた。


 フランツはその姿を見ると宗教画を眺めるような崇高な気分になった。


 天使像はすぐに見えてきた。死んだウジェーヌが自慢していた場所には、まだ誰も来ていなかった。


 血の痕跡がわずかに残っていた。昨夜は暗かったし、完全に綺麗になったか確認する余裕がなかったのだ。


 フランツは焦ったが、


「大丈夫ですよ」


 と後ろから雑巾をオドラデクに渡された。即座にごしごしと拭き取った。


「天使さま、ここは私の大事な場所です」


 クロエは両手を堅く合わせたまま、厳かに告げた。


「お前の思い出が籠もっているからな」


 ファキイルの心遣いはフランツも感動したほどだった。


 さっき部屋で行われた会話をちゃんと聞いていた上で、最適な答えをしたのだから。


「父さん……」


 クロエの目には涙が宿った。


「残酷な話ですねえ。こんな世間の荒波の中へ独り取り残していくんですから」


 オドラデクがフランツの耳元で言った。


「ほっぽり出せって言っていたのはお前だろ」


 フランツは腹が立った。


「フランツさんが一番気にしてたじゃないですか。でも、結局クロエさんを置いて出ることになるって、これ、矛盾してませんかぁ?」


「それはそうだが……」


 フランツは口ごもった。


 「まあ、天使と逢うってクロエさんの願いだけは叶ったわけですがね」


 オドラデクは被せた。


 またルナのことを思い出した。ルナは話を提供した者の願いを、一つ叶えることにしているのだ。


「フランツ、オドラデク。行かないのか」


 ファキイルが不思議そうに振り返る。


 フランツは進み出て、ファキイルの服の袖を握った。


 二つの肉塊の片方はオドラデクへ渡す。


 オドラデクは嫌そうな顔をしていた。


「誰か助けてくれる大人を見付けろよ。近所の人でも良い。あ、そうだ。近くのパン屋の主人は世話焼きそうだったぞ。夜に起こしたのにパンを安値で売ってくれた。お前なら頼れば助けてくれるだろう」


 フランツはクロエに言った。


「はい」


 クロエは不安そうに頷いていました。


 ファキイルは空に浮き上がった。朝の光は白く眩い。


 飛翔を続けながら、南下した。黒々と波打つ海が見える。沖へ沖へ、船影もない方へ進む。



 「それじゃあいきますか」


 オドラデクがフランツに目配せした。


 何をやるかはわかっている。


「いっ、せー、のーで!」


 二人は同時に肉塊の入った包みを海の底まで落とした。

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