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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第四話 一人舞台(5)

 それから五日ほど経ってもホフマンスタールに留まり続け、書き物机に坐ったままのルナの背中にズデンカは、



「そろそろ出ねえのかよ」



 と催促した。



「最近急な出発に苛ついていた君らしくもない」


「あのヴィルヘルミーネってガキとまた会えないかな、とか思ってるんだろ」



 ズデンカは少し意地悪に聞いた。



 ルナは黙って鴉の羽ペンを走らせていった。



「なかなか良い奴だったよな。だからと言って舞台に出られるかは分からないがな」



「彼女のことだ、きっと上手くやってのけるさ。よし、終わりっと。さあ散歩にいこうか」



ルナは立ち上がった。帽子とマントを探しにいく。



「はいはい」



 ズデンカはいつも通り着換えるのを手伝った。


 二人は往来の激しい道を選び、ぶらぶらと歩いた。骨董市など、ルナは欲しいものを見付けるとすぐに走り寄って買ってしまう。ズデンカが止める暇もないのだった。



「馬車に積むのが大変だぞ」



 戻ってきたルナをズデンカは腕組みして待っていた。



「小さいやつばかりだからいいだろ。重いと思ったら『仮の屋』に送っておくし」



 『仮の屋』とはルナがオルランド公国首都ミュノーナに設けた邸宅だ。かさばる品物を手に入れるとルナは高い輸送費を払ってそこへぽんぽんと送りまくるのだった。



「あのな、あたしがどんだけ……」



 旅を伴にしたここ一年ちょっとはズデンカが出来る限り安く引き受けてくれる業者を選んで工面してやっていたのだが、そんな苦労もルナは素知らぬ顔だった。



「ちょっと、あれはヴィルヘルミーネさんじゃない?」



 ルナは歩道の向かい側を指差した。確かにヴィルヘルミーネが歩いていた。


 しかし、その顔は蒼白く、服も着の身着のままのようで乱れていた。手足はアブサンや阿片に中毒した者のようにブルブルと震え、足どりは覚束なかった。



「演劇の練習でもやってんのか?」


「いや、そうじゃないみたいだよ。渡ろう」



 ルナの顔から笑みが消えていた。


 ヴィルヘルミーネは近づいてくるルナとズデンカを大きく瞳を見開いて見つめた。頬には大きく滲んだあざが出来ていた。



「やあ、演劇講座はどうでした?」



 そこに輝きはもうなくなっていた。



 手を伸ばしたルナに向かって絹を裂くような悲鳴を上げ、ヴィルヘルミーネは異様な走り方で逃げていった。



 ルナはショックを受けたかのようにポツンと取り残された。



「どうしよう」


「どうしよう、じゃねえだろ。やつに何かが起こったんだよ!」



「でも、本人があれじゃ……」


「あの夜、仕事先の店を聞いておいたぜ」


「でかした! 早速行こう」



 二人はヴィルヘルミーネの勤め先の一つであるパン屋へ向かった。それほど離れた場所ではなかった。



「これはこれはペルッツさま! ヴィルヘルミーネちゃんとお知り合いだったとは」



 パン屋の女主人は困った顔で告げた。



「ヴィルヘルミーネさんの様子、最近変わったところはありませんでしたか」


「それがね。リヒテンシュタット先生の演劇講座に行くって話してた日から一度も出勤してないのよ」



「ええっ!」



 ルナは驚いたようだった。



「ほんと頑張り屋さんな娘ですよ。俳優になるにはお金が掛かるからって幾つか仕事を掛け持ちして、毎晩遅くまで働いて。わたしもあの子と同じ村から出稼ぎに来てるから、ご両親から頼まれてるのよ。心配だわ」


「ヴィルヘルミーネの下宿は分かるか?」



 世間知のあるズデンカはとっさに聞いた。



「ああ、それなら……」

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