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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第三十一話 いいですよ、わたしの天使(3)

 いつの間にか雨が降ったのか、道はすっかり濡れていた。


 フランツはこれまでの人生で何回か転倒したことがある。軽い打ち身を残したことたびたびなので注意して歩いた。


 オドラデクとウジェーヌは気にせず先に進んでいた。


 オドラデクの運動神経はなかなかのものだ。身軽な服を着ているからでもあるが、独楽のようにくるりくるりとウジェーヌの周りを回っている。


 男はうっとりとそれに見とれていた。


「はぁ」


 フランツはため息を吐いた。


 そして、駈け寄った。


「なんだ。連れの男、追ってきやがったぞ」


 ウジェーヌは睨みながらも、オドラデクに声を掛けた。


「まあまあ、こう見えて腕は立つから喧嘩しない方が良いですよぉ」


 オドラデクは笑った。


「俺は喧嘩をしに来たんじゃない。話に出てた天使像が気になってな」


 これは言い訳ではあったが、嘘ではなかった。


 アレーの正門をいまだ目にしていないのはフランツも同じなのだから。


「そうか」


 ウジェーヌは予想に反して後ろを向き、歩き始めた。オドラデクも倣った。


 北に向かっての移動は、思うよりも骨が折れた。


 この街は南から海風が吹き付けてくるので、背中がひたすらに寒い。


 暦の上では春なのに、ここでだけ冬が足踏みしているようだ。


 黒羊海沿いは普段なら暖かいのに、たまにこんな厳しい一面を見せる。


 背広を羽織っているだけのフランツは、思わず咳込んでしまった。


――風邪でも引いたらことだ。


 シャツを首元で掻き合わせる。


 ウジェーヌは厚手の革のコートを着ていてとても暖かそうだ。


 それだけは妬ましくなった。


――いや、それだけか。


 オドラデクはフランツより軽装なのに、寧ろ元気そうだ。


――やはり化け物だ。


 身を切られるような寒さの中で、フランツは救いを求めるように空を見上げた。


 一点、黒い影が飛ぶ。だんだんと近付いてきた。


 ファキイルだ。


 表情も変えずに飛び続けていた。


 なるほど、犬狼神は嘘を吐かないのだろう。言葉の通りだ。


 だが、フランツは慌てた。


 どうやら道を行く数少ない者たちにまで気付かれてしまったようだ。


「なんだありゃあ」


 ウジェーヌは胴間声を上げていた。


「天使さまですよぉ、きっと」


 オドラデクは動じない。


「幻覚ではないよな。おめえも見えてるよな。おい、そこのやつ!」


 と後ろを振り返ってフランツに呼びかける。


「見えてるが」


 フランツは手短に言った。知らないふりをするしかない。


「まあいい、俺は天使像を見にいくんだ」


 ウジェーヌは大股で道を進んだ。


 他の連中はまだ天使を指差して囁き合っている。


 正門は姿を現した。


 こんな大きなものを拵えるには凄い人数で大理石を運んで工事を行わなければならないだろうとフランツは思った。


 さまざまな数の彫刻が、壁面に施されている。


「昔戦いで大勝利を収めた将軍が、凱旋門として作ったって話だぞ」


 ウジェーヌは偉そうに説明した。


 そして、門の近くに話に出た天使像が一対設えられていた。


 黒曜石で作られたものだった。天使の両の翼を成す羽根の一枚一枚まではっきりと彫られて、まるで今にも飛び立ちそうに見えた。

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