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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第三十一話 いいですよ、わたしの天使(2)

 だんだん暗くなってくる。


 酒場の灯りが仄かに闇の中に浮かんでいる。


 のきに吊された看板が風で揺れているのを確認しながらフランツは二人の後に続いた。


 中はとても賑やかだ。ジョッキのぶつかり合う音が高らかに聞こえる。


「かんぱーい」


 酔っ払いも座席に腰掛け、すぐさまビールを飲み始めた。


 はしご酒も良いところだ。


 オドラデクも傍に座った。


「名前は何て言うんですかぁ? あたしエリーよ。旅の踊り子なの」


 あからさまな嘘だ。


「俺はウジェーヌだ」


 フランツは隅で二人の様子を観察した。


 ウジェーヌは酒を何杯も腹の中に流し込み続けている。


 さっき空中で酔い掛けたフランツは気が知れなかった。


 それでも店員が近付いてきたので、取り敢えずビールを一杯だけ注文した。


 もちろん、手をつけるつもりはない。フランツは酒があまり好きではないのだ。


 綺譚蒐集者アンソロジストルナ・ペルッツに酒場へと連れていかれたことを思い出す。


 べろんべろんに酔いつぶれていたルナを介抱するのはいつもフランツの役目だった。


 ルナは危機意識をどこか欠いているところがある。


 それでも酒場に独りでいかないようなのは自衛しているとも見えたが、結局は共に行く相手を頼り切っていると言うことだ。


「わたしに世話を焼かされるという体験自体が、その人へのご褒美だよ」 


 ルナはいつも言っていた。


 だが、フランツはルナから頼られてもいい思いはしなかったのだから。


――ほんと、ふざけた言い草だ。


 そんなことを泡立ったビールジョッキを上から覗き込みながら思った。


 ウジェーヌはときおりオドラデクの腰に手を回していた。


――あいつの正体も知らないで。


 そう心に思うフランツではあったが、なぜか立ち上がってしまっていた。


 しかし、オドラデクは回される度に軽く手で払って受け流していた。


「この町の名物って何なんですか」


 オドラデクが訊く。


「そりゃもちろん天使像よ」


「へえ、見たことないですねぇ」


「正門を通ったのに見なかったのか?」


 ウジェーヌは怪訝な表情になった。


「ま、別のルートで来ましたんでね」


 オドラデクは相変わらず受け流しが上手い。


「正門前に飾られている、でかい一対の天使像さ。作られて百年にはなるって聞くな。もちろん、俺が子供の頃からあったぞ」 


 己が建てた訳でもなかろうに、ウジェーヌは自慢げに語った。


「一対。するとお相手がいるんですね」


「そうよ。向かいあってるのさ。お互い目線も合わさずにな」


「何で合わせないんでしょーか」


 オドラデクは興味なさそうに、だが、どこか答えを誘うように訊いた。


「詳しくは知らんけどよ。見てしまうとお空に帰されるから、って聞いたぜ。ま、彫像なんだから、帰れるわけがねえがなあ。ガハハハハハ!」 


 とウジェーヌは豪快に笑う。


「はへえ、そんなに言うなら一見してみたくなりましたねえ」


「おうし、じゃあ行こうか」


 おつまみ代わりに頼んだ蒸したジャガイモを食べ終えると、ウジェーヌは言った。


「へえ、今からですか」


「うむ。女にまだ見ぬものを見せられる男こそ惚れられるってもんだ」


「そんなはっきり言っちゃうとモテませんよ」


 とはからかいつつも、オドラデクは立ち上がる。こちらも鶏肉を食べ終えていたのだ。 ウジェーヌが勢いよく勘定を済ますと、二人は店から出ていった。


 フランツはそれ以前に勘定を終えており、跡に随った。

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