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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第三十話 蟻!蟻!(15)

「願いは?」


 ぼんやりと立ち尽くすボチェクを大分引き離したところで、ズデンカは必要なことだけ訊いた。


「叶えたさ。『子供と言っても所詮は他人』って誰も否定しない事実を伝えることで」


「何だそりゃ」


 ズデンカは呆れた。


「だってそうだろ。いまのボチェクさんに何が出来る? イザークさんやサシャさんを甦らせてどうしろって言うんだい。奥さんを呼び出すなんて嫌がらせだ。それにしたってわたしに出来るのは一瞬だけで、今後ずっと、なんてことは無理だからね」


 ルナはいつになく身振り手振りを交えて饒舌に喋った。


――ルナも心残りなんだろうな。


 話を提供してくれた人の願いを叶えることにしている以上、何かやらなければならない。


 なのに今のボチェクからは願いすら聞き出しようがなくてどうしようもないので、仕方なく事実を伝えることで、願いを叶えた形式を整えたのだろう。


 ズデンカは察して黙った。


 大蟻喰はちょうど蟻二匹を食べ終えたところだった。ボチェクとは三十分も話していなかったのに、なかなかの速度だ。


「イザークについてなんかわかったか?」


 ズデンカは後ろから声を掛けた。


「うーん、微妙だね。確かに元は人間のようだけど、霞が掛かったように曖昧な記憶だ。『鐘楼の悪魔』って本は厄介だね」


「そう言えば、お前、ヘルキュールで持ってったあれはどうした?」


 ズデンカはトゥールーズ共和国首都ヘルキュールで大蟻喰に『鐘楼の悪魔』を奪取しれたことを思い出した。


「さすがに処分したよ。なんか持ってるだけで気分が悪くなった」


 大蟻喰は嫌そうな顔をした。


 通常の神経の持ち主からは掛け離れている大蟻喰が気分を悪くするとは――


 ズデンカは本の破壊を進めなければならないと堅く心に誓った。


「ルナさん、ズデンカさん」


 カミーユが走り寄ってきた。作業員の男たちからは遠く離れ、雑木林よりの方へ移動している。


「大丈夫か!」


「はい」


「新しく厩舎を探さなきゃいけない。それから列車に乗ろう。今日の夜遅く出発だからまだ時間は間に合うけど」


 ルナは金鎖のついた懐中時計を取り出して見ながら言った。


――けっ、洒落てやがる。


 金の無駄だからと時計はいつも公の場所に設置しているものを見ることにしているズデンカはルナの成金趣味が気に食わない。


「そうだ! 駅に行く前に、寄りたいところがあるんですよ!」


 カミーユは瞳を煌めかした。





 代えの厩舎はすぐ見つかった。


 往来の激しい大都市だ。


 人に聞くまでもなく近所に評判の良い店はたくさん存在していた。馬車一台まるまる預かってくれるのだから助かることこの上ない。


――金は取られたがな。


 ズデンカは銀行に立ち寄らなければならなかった。


 さて、カミーユが行きたがったのは何のことはない、布屋だった。


 趣味でぬいぐるみを作っている、と言う話は前聞いていた。ルナにも作ってあげると言う話になり、その材料を選びに来たのだ。


 大蟻喰はいつものようにふらりと姿を消し、ルナとズデンカだけが付いていった。


 ぬいぐるみを商う店で買えばいいのに、カミーユはいちから作ることにこだわっているらしく、鼻息荒くして店内を走り回っていた。


「ルナさん! これとか合いそうですよ!」


「うんうん」


 ルナはにんまりとやにさがっている。


 全く興味のないズデンカは、早く列車に乗りたくて堪らなかった。


「君も作って貰おうよ」


 ルナがズデンカの袖を引きながら言う。


「いらん」


「可愛くない」


 ルナは笑った。


「……ところで」


 ズデンカは声を落とした。


「なんだい?」


「子孫を残すのが生物の本能だとお前は繰り返した。だがお前自身は」


 頭の隅に引っ掛かっていたことを吐きだした。


「言った通りさ。生物って言ってもたくさんいれば子を残さない個体だっている。自ら間引いてるって言われればそうなのかも知れない。でも、子を残した個体と比べて残さなかった個体が幸か不幸か、そんなことは誰にもわからない。人間だって変わらないさ」


「そう……だな」


 ズデンカは納得した。その意味では自分もルナもおんなじだ。

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