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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第二十九話 幻の下宿人(5)

「とうとう……悪魔が……やって来るんだ……」


 心ここにあらず、といった風でヴァーツラフは呟いています。


 悪魔。


 やはり、良からぬ存在を魔方陣で召喚しようとしていたのです。


「だめだ! 神に逆らうような真似をしてはいけない!」


 僕は叫びました。


「神は俺を救わないじゃないか。俺を救えるのは悪魔だけだ!」


「やめろ! やめろ!」


 僕はヴァーツラフを押さえつけようとしました。 


 でも、その時、一陣の嵐が吹いてきました。


 おかしなことです。その日は良い天気で、しかも窓はちゃんと閉めてあったのですから。


 風は血煙のように赤い色をして、グルグル渦を巻いて部屋を充たしました。


 吹き飛ばされそうになった僕は溜まらず床にうずくまりました。


 眼が塞がり、ヴァーツラフの姿は見えなくなります。


「ヴァーツラフくん!」


 呼びかけるも返事はありません。


 やがて嵐の勢いは収まり、眼を僅かながら開けられるようになりました。


 何か、翼を持つ者の黒い影が、煙の向こうに立っていました。人の影――ヴァーツラフに寄り添うようにぴったりと。


「ああ、やっと!」


 叫び出すヴァーツラフの声を聞いたところで、僕の意識は途切れました。急激に眠くなったのです。


 床の上で目覚めてみると、ヴァーツラフの姿が見えません。


 いや、黒い墨で書かれたような人型だけが、床に色濃く浮き上がっていたのです。


 触ってみても、手は汚れません。


 まるで炎で焼かれたかのようです。


 それから、ヴァーツラフは姿を消してしまいました。


 両親には突然下宿から消えたと、ぼかかして説明するしかありませんでした。


 実際、都会で消息を絶つ人間は数多いのですから。


 収入の道が途絶えたことは痛手でした。客が失踪したと噂を立てられては困ったものです。僕は今まで払って貰っていたお金を全て返しました。他には言ってくれるなと含みを持たせる意味で。


 それでも失踪したと言うことは一部で広まりはしたようで、お客がしばらく来なかった時期がありました。でも、人が勝手にいなくなっただけですからね。化け物が出たと広められるよりはずっといい。


 結局、下宿業は何ら成果をあげないどころかむしろマイナスだったのですが、そこで懲りないところが僕の長所です。


 店を増築して、旅の宿屋として出直すことになって今に到るという訳です。


 

「なるほど、それは大変でしたね。しかし、持ち直されたのはすごいすごい」


 ルナがこくこくと頷きながら、手帳に鴉の羽ペンで書き付けていく。


「でも、このお話もちゃんと終わっていない。ヴァーツラフさんがどうなったか、まるでわからないのですからね」


 ルナがその話が完結しているかどうかを気に掛けることをズデンカは長い旅の間に良く知っていた。


 自身が介入してその結末を付けることもあるため非常にたちが悪いのだが、本にまとめるならオチが付いた方が良いのはズデンカも理解できた。


「確かに。ヴァーツラフの姿はその後見ていないわけですからね」


 ヤナーチェクは考え込んだ。


「ヴァーツラフさんが消えた部屋は残っていますか?」


「はい。板で打ち付け、その上に目立たないようにペンキを塗っていますが」


「あなたが見た光景だったら、再現出来るかも知れない」


 ルナはウインクした。

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