第二十八話 遠い女(8)
「あー、とうとう秘密を知っちゃったね」
ルナが振り返った。その口元には笑みが浮かんでいた。
「生きていけなくなるかも?」
「えっ!」
カミーユは顔を青くした。
「アホか。驚かすな!」
ズデンカはルナの頭を拳骨で撲った。もちろん力の入れ加減は注意したが。
「いたぁ」
ルナは頭を押さえた。
カミーユはしばらく眼をぱちくりさせていたが、やがて、
「ふふふ」
と笑い出した。
「お前が思ってるより、こいつは何倍もアホだからな。変なこと言われたら撲っていい」
ズデンカは断言した。
「そんなこと、やっていいんですか!」
カミーユは驚いた。
「やっていい。と言うかあたしは毎日のようにやってる」
とズデンカはルナをまた撲った。
「痛いなー。野蛮なやつの話は聞かなくて良いよ!」
ルナは呻いた。
「うーん」
カミーユはしばらく戸惑っていたが、
「ていっ!」
と丸めた手をルナの腕に軽くぶつけた。
「いったー!」
ルナはふざけて身を仰け反らせた。
「ふふふふふ」
「ふふふふふ」
顔を見合わせ、二人は笑っていた。
全然面白くないズデンカは、独り取り残されたような気がした。
馬車は軽快に進んでいった。
「そろそろ国境だ」
うたた寝から目を覚ましたアデーレが地図を小卓の上に広げていた。
「これは、軍人の癖でな。肩苦しいと思われるかもしれんが」
ルナをちらちらと見ながら、アデーレは言い訳がましく呟いた。
「別に良いよ。地理の勉強にもなるし。なんどかラミュには入ったことあるけど、ここは通ったことないから」
ルナはほんわかとしていた。
「そうか。ならありがたいが」
次第に国境検問所の厳めしい建物が目の前に見えてきた。
「お前とはここでお別れだな。せいせいするぜ」
ズデンカは腕を組みながら言った。
「ほざけ。こちらこそ、お前の顔など百年見たくない」
毒舌の応酬が続く。
ルナはそれを楽しそうに眺めていた。
「ルナさんはネルダで何か買い物したいものとかあるんですか?」
すっかり和んだ雰囲気になっていたカミーユが口にした。
「あ、『ルナさん』って言った。さっきまで『ペルッツさま』だったのに!」
ルナはからかうように言った。
「あ、え、これは、つい、すみません」
ぺこりと頭を下げるカミーユ。
「だから謝んなって」
ズデンカは口を挟んだ。
「そうだぞ。ルナをルナと呼んでいいのは本当は予だけだからな」
初めてカミーユに向けてアデーレが言葉を発した。
お偉方に言われたのでカミーユはまた恐縮して項垂れる。
――まだ、本当に馴染んでくれるまで時間は掛かりそうか。
ズデンカはため息を吐いた。
――つーか、なんであたしがこいつの保護者みたいになってんだよ。
「まあアデーレもこれを機にカミーユさんと仲良くすべきだよ」
ルナは二人の手を掴んだ。
「わ、わかった……」
アデーレは顔を赤くする。
「カミーユさん、いや、カミーユも。これからはルナで良いからどんどん呼んじゃってよ。わたしがそう望んでるんだからさ」
ルナは微笑んだ。
「は、はい、わかりました。これからはルナさんと呼ばせて頂きます!」
「ところで、なんで、ネルダで買い物したいなんて訊いたの? とくに決めてないけど」
ルナは怪訝に問うた。
「い、いえ、さっきお話しした……ぬいぐるみ。お洋服の材料でも買えたらなって……」
「あ、そうか!」
ルナはぽんと手を叩いた。




