第二十七話 剣を鍛える話(11)
「なるほど。身を粉々にした後で刃に戻したのか。確かに我は『少しでも刃を中てることが出来たら』と言った。汝の勝ちだ。フランツ、いや、オドラデクか」
ファキイルの頬に付いた傷はすぐに塞がっていった。
やはり、千年の時を生きるあたり、吸血鬼にも近い身体かも知れないとフランツは思った。
「えっへん! 勝てたのはぼくのお陰ですね」
オドラデクは胸を張って微笑んだ。
「剣をくれ」
フランツは、ぽかんと口を開けたままで立っていたオディロンの元へと歩いていった。
「まあ……言葉通り、だしな」
なお躊躇う様子を見せたが、オディロンは鞘ごとフランツに渡した。
フランツは何も言わず剣を抱きしめた。
「ふふふ、にやけてますよ。そんなに欲しかったんですねえ」
オドラデクはフランツの頬を突いた。
「本当にお前のお陰だ……ありがとな」
フランツは俯きながら言った。
「え、いま、何て言いましたぁ? もう一回、繰り返してくださいよ! お願いします! もう一回!」
フランツは二度と繰り返しはしなかった。
だが、オドラデクに感謝したことは後悔していない。
ファキイルは殺すつもりがなかった――かならずオドラデクは自分を守るだろうと確信してあの攻撃を放ったのだろう。
つまり、短い間旅して二人の関係性を見抜いた上で行ったのだ。
――やはり只者ではない。
フランツは畏敬の念のような感情を覚えた。
「名前は付けないのか」
ファキイルが訊いた。
「剣に名前が必要か?」
フランツは驚いた。
「中には付ける者もいる。鍛冶屋もファラベウフとか呼んでいた。我の記憶が正しければだがな」
ファキイルは平然と答えた。
「『ファラベウフ』! あの、伝説の宝刀七つのうちの一つ。……確か、作者は不明とされるが」
オディロンはびっくりしていた。
「そうだなあ……」
フランツとしては、名前など徳に何の拘りもなかったので困惑していた。
「『薔薇王』」
オディロンが静かに言った。
「『薔薇王』? 随分とかわいい名前なんですね」
オドラデクが口を挟んだ。
「使ってみればわかる。この刃は薔薇色の光を放つのだ」
オディロンは言った。
――作者が言うのだから間違いはなかろう。
フランツは鞘から剣を抜いた。
ちょうど登り立つ朝日に照らされて、刃は紅く光った。やがてその色はオディロンが言った通り、瞬時に薔薇色へ変わった。
フランツはその神々しさに身震いがするほどだった。
「凄いな」
室内ではよく斬れて有用だというところまでで、刀身の美しさに注意が及ばなかったが、今改めてみるとその輝きに魅了される。
「この光の美しさに目を奪われている間に相手は死ぬという訳だ」
オディロンは笑った。初めて浮かべる、屈託のない爽やかな笑顔だった。
「本当にただで良いのか?」
フランツは自分から進んで受け取って置きながら、改めて躊躇い始めた。
「男に二言はない。黙って受け取れ」
オディロンは断言した。
「貰っちゃいましょうよお」
オドラデクも言ってくれるので、フランツは剣を再び鞘に収めた。
――これで武器も手に入れた。
安心すると目眩がしてきた。
フランツは前のめりに大きく蹌踉けて踏み留まった。
「ああっ、フランツさん! 大丈夫ですかあ」
「水を、頼む」
フランツは草叢を枕代わりに横たわり荒く息をしながら言った。
「はいはい」
にこやかに頷いて井戸まで歩いていくオドラデク。
フランツは苦しいのに、なぜか心が温かくなるものを覚えた。
その様をファキイルは優しく、まるで親のように見おろしていた。




