第二十六話 挾み撃ち(7)
ズデンカは急いで退いた。だが目は完全に塞がっている。
紫色の光が雲のように立ちこめて、手でいくら掻きわけても少しも晴れないのだ。
『『幻想展開・紫の雲』」
パニッツァの声が響いた。
「この力は相手の視力を奪う。それがたとえ吸血鬼であっても有効なようですね」
ズデンカはただひたすら、敵の攻撃を受けないよう下がり続けるしかなかった。
だが、激しい打撃を腹に受け、吹き飛ばされた。
痛みは感じなかったが、すぐに身体を起こそうとしたところを押さえつけられた。
耳元で声が聞こえる。
「実は我輩、吸血鬼の蒐集家でしてね。その支族は多岐にわたります。戦前から、高位種のヴァンパイヤは元より、ウプイリと言った下位種に至るまで残らず地下の実験室に集めているのですよ。皆残らず鎖で繋いで、裸にしてね。でも、ヴルダラクはまだ獲たことがないのです。あなたを、ぜひ捕獲したいのですよ」
「外道が」
ズデンカは叫んだ。
その喉が強く押さえられた。
声が出せない。
「抵抗しても無駄ですよ!」
ズデンカは物凄い力でパニッツァから身を引き離した。
だが、相変わらず視界不明瞭だ。
首をまた強い力でひっ捕まえられた。
「流石ヴルダラク。なかなかのものです。しかし、我輩は筋力増強剤を使用していましてね。過去の大戦で禁忌された薬品です」
スワスティカ軍が強力な兵隊を作り出すため、多くの人間に注入されたが、発狂して死亡する者がたくさん出たため、禁じられた話はズデンカも聞いたことがあった。
「お前の好きにはさせねえ!」
ズデンカは出来るだけ相手の身体を切り裂き、爪痕を残そうとした。だが、そうなる前に手首を押さえつけられた。
「多少危険は伴いますが、我輩の幻想展開を合わせればまさに百人力。ルナ・ペルッツ捕獲という勲功を上げれば、ズデンカさんあなたを使った実験もハウザーさまに許可されるかも知れません。どうですか? いや、あなたは見えないはずだ。でも我輩は打ち震えているのですよ。その感激に」
「気持ちがわりいぃんだよ!」
ズデンカは思わずがなっていた。怖気がした。
自分がこの男に永遠に地下牢中に閉じ込められ、鎖で繋がれるところなど、想像もしたくない。
だが同時に、また恐怖の感情を抱く自分を認めたくなかった。
――あたしは強い。
いつからとはなしにズデンカはそう思い続けて生きてきた。
それとは別に、助けてくれなかったルナに対して苛立った自分もまた、いた。
――あの時は弱っていたんだ。今はそうではない。
ズデンカは身体が縄できつく縛られるのがわかった。身動きしようとしても、少しも出来ない。
既にズデンカは痺れすら感じない身体だが、それでも、電流が流された時に感じるように肌に痒みが走った。
「さきほどルツィドールの聖剣をご覧になったかと思いますが、この縄にも少し小細工が施してありましたね。聖水がしっかりと振りかけてある。邪な力によって動いているあなたは動くことができません」
続いてパニッツァの高笑いが聞こえた。
「さてと、ルナ・ペルッツの捕獲に参りますか」
その跫音が響いた刹那。
何かが突き刺さる音が聞こえた。
「ほほう、ナイフですか」
カミーユが来たのだ。




