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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第二十五話 隊商(9)

 会話を交わさぬまま歩みは続きました。


 何度コレットの手を握って逃げだそうと考えたことでしょう。


 でも、コレットは決して小生にはついていかないとわかっていました。


 見慣れた風景が見えます。


 アズィームとその家来たちに囲まれた、サーカス団の仲間たちの姿も現れました。


「ほら見ろ、あいつらのことだ! ちゃんと隊商を連れてきてくれただろ」


 命が助かりそうだと皆、口々に声を上げます。


 でも小生は暗澹としたままでした。  


 皆が助かっても、コレットは死ぬのです。


 自分にとってこんなに辛いことはありませんでした。


「あのことは内緒だからね」


 皆から聴き取れないほど遠かったのに、コレットは小生の耳にささやきました。


「うん」


 頷くしかできませんでした。サーカスの仲間に伝えることは良い結果を招かないとはっきりしていましたので。


「待っていたぞ」


 アズィームはさも当然のことであるかのように、冷たく言い放ちました。


「隊商を連れてきた。あたしたちの家族を助けてくれるんだろうね?」


 鋭く怒りをこめた声でコレットは釘を刺しました。


「もちろん」


 アズィームは人差し指を天に向けました。


 それを見た家来たちは即座に囲いを解き、皆を外へ出しました。


 まだ、月の雫は買っていないのに、約束を違えて逃げても、追って全員斬り殺せるかのような余裕が感じられました。


「アズィームさま」


 隊商の老人は、手招きしました。


 不審を覚えて検問しようとする家来たちを押し留め、アズィームは歩き出しました。


「来い」


 小生たち二人もついてくるよう指図されました。


 言われた通りにしましたよ。


 アズィームに言われて、通訳のみが随行することになりました。


「月の雫をご所望とのことですな」


 小生たちを前にする態度とはうって変わって、媚びすら感じさせるほど丁寧に老人は告げました。


「そうだ」


「なら、お話が早い。月の雫は人の命を引き替えにして手に入れることが出来るのです」


「なるほど、だからこの二人を」


 アズィームはお見通しとばかりに鋭い目を小生とコレットに向けました。


「はい」


「具体的には、どのような方法でだ?」


 アズィームは訊きました。


「月が雫を落とすのは、血の臭いを嗅ぎつけた時です。月は、あのように美しくあるのに、血に飢えておりますからな」


「ほお。ならこの二人を殺すのか」


「いえ、殺すのは一人で構いませぬ。されど二人ならば話が早い。心臓をくり抜いて赤い血を砂に染み込ませるほどすっかり出した後で、月はその胸の窪みに雫を垂らすのです。それを私が汲んで、あなたさまに渡します」


 小生は身震いがしていました。今から起こる恐ろしいことがはっきりとわかったからです。


「なるほど、で、どちらが死ぬ役目で、どちらが殺す役目なのだ」


「女が死ぬといっております。男は殺す役目です」


 小生はいつの間にかコレットを殺さなければならなくなっていました。


 震えを押さえながら隣を見ます。


 コレットは顔が青白くなり、物も言わず下を向いて硬直していました。でも、震えることはなく、一点を見据えていました。


 老人は小生まで近付いて来て、無理に立たせました。


「さあ、受け取れ」


 短剣が鞘ごと渡されます。


 手は震えていました。


 でも、取り落とすことは出来ませんでした。

 小生以外に誰がやれるというのでしょう? 


「もう少し、月が良く見えるところまで歩くぞ」


 老人は先に歩き始めます。

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