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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第二十五話 隊商(8)

 二人は目を見交わしました。小生には怯えの色が見てとれたと思います。


 対称的に、コレットは決然としていました。


 透き通った青い瞳は輝いています。


「あたしは命を捧げてもいいよ」


「それはだめだ!」


 小生は叫びました。


「君はサーカスの華形だ。俺なんかただの雑用係だ。いくらでも代えが効く! このまま生きていてもろくでもない一生を送って引退していくのがオチさ」


 話せば話すほど自分が情けなくなりました。当時の小生は何者でもなかったのですから。


「でも、君には家族がいるでしょ」


 コレットは優しく言いました。


 それは、事実でした。移民の子としてエルキュールで生まれた家族は皆、身を粉にして働かなければ暮らしていけませんでした。


 当時は両親も健在で、兄弟もたくさんいました。


 サーカスがエルキュールにいる時は、家から通っていたので仲間から馬鹿にされて気恥ずかしくはありましたが、家族仲は悪くありませんでした。


 小生が死んだら、皆悲しむでしょう。


 一瞬戸惑いましたが、頭を振って、


「他にも兄弟はいる! 君が死ぬことはないよ!」


「あたしには誰もいないから、死んでも悲しむ人はない」


「俺が悲しむ! そっ、それにサーカスの皆だって」


 小生はどもりながら言いました。


「ありがとう。でも、あたしが死ぬよ」


「話は決まったか」


 老人がシャムシールを振り上げながら、コレットに近付いて行きました。


「まだ……だ」


 小生は渾身の力で、その前に立ちふさがります。


「早く決めてくれ」


 にやにやと厭らしい笑みを浮かべながら、老人は引き下がりました。


「俺が……」


 小生はもう一度言おうとしました。


 ですが、コレットは一度決めたことは曲げない性格だと、さっきお伝えした通りです。


「あたしは決めたんだよ」


 望みを絶つかのように、きっぱりと告げられました。


 既に極限まで達していた恐怖に喉が詰まって小生はそれ以上言葉を発することが出来なくなっていました。


「さあ、縄を解いて」


 老人に向かって声高く宣言します。


「よし」


 傍らの者に下知が飛ぶと即座にコレットの縄は解かれ、自由になりました。


「月の雫を売ってやろう。アズィームの元へ案内せい」


 老人は素早く手を払いました。すると、途端に周りの緑がぐにゃぐにゃと溶けて歪んでいきます。


 めまいがして、小生はうずくまり、頭を抱えました。


 コレットも同じようにうずくまっています。


 小生は寄り添おうとしましたが、動けませんでした。


『雑用係だから体力は自慢だったのに。情けない』


 先ほどの隊商を見てへたり込んでしまった時を思い出していました。


 めまいは、じきに収まります。


 小生たちは立ち上がって歩くことがで斬るようになりました。


 さきほどまであったオアシスはかたちを消し、後ろには隊商の一団だけが残っていました。


「行くぞ」


 老人は駱駝を先に進ませました。


 また、尾いていくことになったと言うわけです。 


 でも今回は延々と歩かされることはなく、砂漠の景色は単調なりにどんどん動いていきます。


「ねえ」


 黙々と歩くコレットに小生は並びました。


「死なないで」


 思っていることを率直に口にします。


 答えはしばらくありませんでした。


「あたしだって……死にたくない」


 その言葉に驚いてコレットの顔を見ると、涙が一筋、頬を伝い流れ落ちていました。


「でも、他の皆を助けなきゃいけない」


 声は震えていました。でも、コレットの意志はやはり変わっていませんでした。


 小生は何も言うことが出来なかったのです。

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