第二十五話 隊商(1)
中立国ラミュ首都デュレンマット郊外『霰弾亭』――
「綺譚! 綺譚!」
パジャマを着た綺譚収集者ルナ・ペルッツはベットに寝っ転がりながらわめいていた。
「やれやれ」
メイド兼従者兼馭者の吸血鬼ズデンカはため息を吐いた。
先日デュレンマットで犬たちが一斉に人を襲うという事件があり、そこでサーカスを行っていた『月の隊商』と共に窮地を脱したルナは負傷し、郊外にある酒場兼宿屋『霰弾亭』で休息することになった。
襲撃者はスワスティカの残党だった。ルナは幻想を実体化する力を持っており、連中から付け狙われているのだった。
犬たちを襲わせたのはイヴァン・コワコフスキという少年だったが、襲撃者は他にもいることがわかっていた。
しかし、今のところ、ルナは誰からも襲撃を受けていない。
なぜならズデンカが『霰弾亭』の二階に監禁して、一歩も外に出していないからだ。
何日も閉じ込められてイライラが極点に達したルナは、冒頭で口にした二語しか言えない身体となってしまった。
「綺譚! 綺譚!」
お酒も煙草も禁じられていたためか、手足もプルプルと震えている。
実際、ここしばらくルナの一番の楽しみとも言える綺譚の蒐集が行えていない。第二第三の楽しみの飲酒喫煙も禁じられていれば、おかしくなるのも不思議ではない。
――なんとかしねえとな。このままだとおかしくなって変なことをし始めるかもしれん。
実質保護者なズデンカは、首を捻りながら考えた。
――そうだ! バルトルシャイティスだ。奴なら何かちょうど良い話を知ってるだろう。
バルトルシャイティスは『月の隊商』の座長だ。さまざまな地域を旅しているはずなので、面白い話を知っているだろう。
「綺譚! 綺譚!」
ルナは毛布にくるまって足をバタバタ言わせまくっていた。
ズデンカはこっそり扉から身を乗り出して、左右を見回した。
カミーユが階段を登ってきた。『月の隊商』の団員だ。
何くれとなく部屋に来て、物資の支援をしてくれる。バルトルシャイティスから言われてというのだが、本人も世話焼きなのだろう、冷たいとルナは拒んだが、ゴム製の水枕を何度も取り換えにきてもくれていた。
ズデンカは心の中で感謝していた。
「ズデンカさん!」
カミーユは近付いて来た。
「バルトルシャイティスを呼んでくれないか」
「はい、どうかされたんですか?」
「どうもルナの病気が始まったようでな」
「病気、それは大変! お医者様をお呼びした方が」
「いや、医者で治る病気じゃない。ルナは面白い話を人から聞きたがるという極めつけの悪癖があってな。バルトルシャイティスなら何かちょうどいい話を知っているかと思って呼んだんだ」
ズデンカは申し訳なさそうに言った。
「はっ! はい、わかりました」
あまり納得は出来ていないようだったが、カミーユは駆け足で階段を降りていった。
「良かったなルナ。バルトルシャイティスから話が聞けそうだろ」
「え! ほんと?」
ルナががばっと毛布を押しのけて立ち上がった。
「今から来るそうだ。着換えるか?」
その時間はなさそうだったが、取り敢えず訊いてみた。
「ううん! このままでいいよ! 綺譚! 綺譚!」
ルナは目を輝かせ始めた。




