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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第二十四話 氷の海のガレオン(1)

 蒸気船は濁った西舵海を滑るように進んでいく。


 スワスティカ猟人ハンターフランツ・シュルツは甲板に立っていた。


 曇天ではあるが雨は降っていない。


 欄干に身をもたれさせて波間を眺めているのだ。


「どうです。船酔いしました?」


 オドラデクが楽しそうに肩を叩いてくる。


「してない」


 フランツは答えた。


 先日港街トルロックでとある出来事に遭遇して以来、フランツの心は重く沈んでいた。


「暗いなあ」


「……」


「まあ、フランツさんはいつも暗いですからね」


 フランツは答えなかった。ろくでもない返事をする気分すら完全に失われていた。


 オドラデクがあれこれからかってくるので受け答えしているとまだ気も紛れるが。


「いつ着くんでしょうね」


「『海路道しるべ』でも読んでおけばいい」


 買って持ってきていた本の名前を告げた。


 ついでにフランツは顔を上げた。


 煙突を衝いて出る黒い煙が後ろに棚引いては消えていくのが見えた。


「ざっと見ましたけど、あんまり面白くはなかったですね。そもそも人を楽しがらせるサービス精神がゼロなんですよ。何十年近くも同じ版を重ねてるようでした」


「この海について詳しく書かれているぞ」


 フランツは読了していた。


 今いる西舵海はその名の通りロルカの西方に広がる海だ。長く蛇の尾がくねるように波が続く頃からそういう名前が付いた。


「そんな蘊蓄なんてどうでもいいんですってば。ぼくは何か珍しいものをこの眼で見たいんですよ」


 オドラデクはそう言って曇り空を空を我が物にするかのように両手を大きく広げた。


「なら波間でも眺めてろ」


 フランツはついつい会話をしてしまっている自分に気付いた。


「あなたみたく陰気くさく眺めていても仕方ないんです。船から飛び降りて泳いじゃおうかなあ」


 と言って水を掻くポーズをする。


「死ぬだろ」


「いえ、ぼくなら何とかなります。魚に姿を変えることも出来るし」


 オドラデクは自信満々と言った。


「魚だと? どんなだ」


「イルカとかクジラとか」


「馬鹿だな。イルカもクジラも魚じゃないぞ」


 フランツは鼻で笑った。


「でも他の魚じゃ、フランツさんを乗せられないでしょ。あ、マグロとかサメもいるな」


「こちらが願い下げだ」


 下手をして足を喰われたりしたら、スワスティカの残党を狩ることは無理になる。


――いや、俺が変なんだ。こんな奴の馬鹿話を間に受けたりして。


「飯でも食うか」


「ここで?」


「いや、下へ降りる。自室にだ」


 オドラデクは男に姿を変えて、二人は同室にした。お金を節約したかったからだ。


 港の待合席にいたときオドラデクは女になっていたのだが、幸い同乗の船客たちは二人に関心を払っていないようだった。


「お前と同じベッドで眠るのか、嫌だな」


「お生憎さまです。上下二段に分かれてますよ。真っ先に確認するでしょう。それぐらい」


「船旅を楽しみたい気分ではないからな」


 そう言ってフランツは動き出した。


 オドラデクは逆にぐずぐずしている。


「なぜ尾いてこない」


 鍵はオドラデクが持っているのだ。自分が管理しておけば良かったと後悔する。


「ぼくは寝ませんしね」


 オドラデクはフランツのように波間を眺め始めていた。ただ、その顔付きはとても嬉々として。


「あのズデンカとかいう吸血鬼ヴルダラクのように」


「お前、知っていたのか」


 フランツは驚いた。

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