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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第二十三話 犬狼都市(12)

 「誰だ?」


 ズデンカはなお攻撃的な態度を崩さなかった。


「『月の隊商』団員のカミーユと申します。逃げる時は大勢でしたのでご記憶には残っていないかも知れませんね。バルトルシャイティスさんから、男が届けてはお気に障るでしょうから、私が代わりにと言われて」


「そうか。……いたか?」 


 ズデンカはしばし考えた。短期記憶はそこまで悪くないと思っていたのに、顔を覚えられていなかったとは。


――これじゃあルナを害しようと近付いてくるやつを見分けられない。


 自分で自分を撲りたい気分だった。


――逆にこいつも刺客のなりすましかもしれんぞ。


 相手の顔を食い入るように眺めた。


 そこには怯えの影が過ぎるばかりで、襲いかかってきそうな様子は見えない。


 どんなに訓練された暗殺者だろうとズデンカの動体視力には叶わないので、反撃の用意は固めながら取り敢えず中に上げることにした。


 カミーユは手に瓶を幾つか入れたお盆を持っていた。


「何だこれは」


「消毒液や包帯にアヘンチンキ、あと狂犬病のお薬なんかもあります。念には念を入れろというバルトルシャイティスさんからのお達しでして」


「貸せ」


 ズデンカはお盆をひったくった。


 毒が盛られているかも知れないという危惧はあったが、そうも言っていられない。何しろズデンカは血以外に対する嗅覚も味覚も鈍く、臭いを嗅いで毒かそうでないか判別するのは難しいのだ。


「おい、起きてるだろ」


 目を瞑っているルナに声を掛ける。


「ふうむ」


 ルナは片目だけ器用に開けた。


「薬の時間だ」


 無理にシャツを脱がせた。


 まずお盆の中に置いてあった綿に消毒液を垂らして傷口をさっと拭く。


「イツッ!」


 ルナは溜まらず呻きを上げた。


「我慢しろ」


 ズデンカはごしごしと強く塗りつけた。これまでルナが体調を崩したときはいつもズデンカが看病してやっていたが何度やっても力を出しすぎてしまう気がする。


「グギギギギギ!」


 ルナは歯を食い縛って痛みに耐えていた。


 包帯でしっかり縛り、ルナにアヘンチンキを飲ませた。


 ルナは口をすぼめて苦そうにした。


「ちゃんと寝とけよ」


 ズデンカは厳命した。


「うーん!」


 渋い顔をしてルナは布団を被った。


「もう良いからお前は外に出てろ」


 ズデンカはカミーユに告げた。


「はい、でもその前に……」


「どうした?」


 言うなりカミーユはぺこりと頭を下げた。


「ありがとうございました」


「あたしらに感謝されるような筋合いはねえよ」


 ズデンカは内心戸惑ったが冷たく言った。


「いえ、あなたがたが守って下されていなければ……あんな恐ろしい場所できっと命を落としていたことでしょう」


「守り切れなかった」


 ルナの頭が擡げた布団から覗き、ぽつんと言った。悲しそうな様子が見えた。


 死んでいったデュレンマット市民や団員たちのことを考えているのだろう。


「馬鹿言え! あたしにはな、別にお前を守ったつもりはねえぞ。単に逃げる道を確保したかっただけだ」


 ズデンカは叫んだ。思わず怒鳴り声混じりになっていた。ルナが暗くなった原因はカミーユではないとわかっていても、八つ当たりをしたい気分になってしまっていた。


「そ、それでは! おやすみなさいませ」


 そそくさとカミーユは出ていった。ドアを閉め自分の部屋に下がっていく。


「気にするなよ。お前はただ今日を生き延びただけだ」


 ズデンカは言った。


「ああ」


 ルナは答えた。そしてまた布団の中へと潜り込んだ。


 鼾が聞こえてくるまで時間は掛からなかった。


「眠ったか」


 ズデンカは窓辺の椅子に足を組んで坐った。


 そのまま外が明るくなるまでずっと。

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