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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第二十三話 犬狼都市(9)

 「させるかぁ!」


 大音声が響いて、物凄い跫音がこちらへ近付いて来た。


 跫音だとはすぐわかった。ズデンカはもうすっきりと周りの情景を見通せるようになっていたのだから。


 元より不死者は闇の中に潜む者なので、明るい光も慣れれば早いのだろう。


 目の前に現れたのは他の人たちよりも一回り以上巨大な犬だった。


 艶々と銀色に輝く毛並み、両目は盲いているのか灰白色になっている。


 その上に跨がるは形相を悪鬼のように歪めたイヴァン・コワコフスキだった。


 他の犬たちがまだ眼を押さえて後陣で戸惑っている中、この二匹だけが月光を浴びる入場門の前に立ち塞がっているのだ。


 ズデンカは独りマントから抜け出して、一人と一匹を睨み付けた。


「そこを退けろ!」


 向こうは言葉も発さずに飛びかかってきた。


 牙を振り下ろされるが、それは巧みに避ける。


 距離を詰めた。


 犬は一瞬下がった。


 逃げるのかと思いきや、力任せに突進してくる。


 ズデンカは両手で力強くその頭を押さえた。


――こう言う力比べならお手のものだ。


 前、黒い牝牛の角を掴んで押し拉いだこともある。


「死ね!」


 コワコフスキが短剣を引き抜いて、白銀の犬の頭上から斬り掛かってきた。


 担当はそのままズデンカの頭に突き刺さるがビクともしない。


「化け物め」


 コワコフスキは喚きながら後ろに跳びすさった。


「化け物はどっちだ」


 その声と共にズデンカは犬の首を舵輪を回すように左右へねじ切り、その上に躍りあがって、コワコフスキに向かい合った。


 少年は首元に手をやる。笛を吹いて犬をまた変身させようというのだろう。


 だがそこには笛はなかった。


「えっ」


 突然怯えの表情を浮かべたコワコフスキは路上に崩折れた犬の遺骸の尾まで後退していく。


 ズデンカは素早く間を詰めた。


「これかぁ?」


 ズデンカは紐ごと引きちぎった笛を摘まんで、コワコフスキに示した。


「かえせぇ!」


 手をバタバタと動かして少年は近付いてきた。


 ズデンカは指で強く笛を押した。途端にそれは粉々に砕けてしまった。


「あ……」


 絶望的な表情で力なくぺたんと座り込むコワコフスキ。


 既に抵抗する気配は消えていた。


 ルナの『幻解』同様、笛に能力が籠もっているわけではなく本人が持っているものだろうが、どうも笛がないと満足には使えないようだ。


――パイプなしでも使えるルナとは大違いだな。


 ズデンカは笑みを含みながら少年を見下した。


「すぐ殺してもいいが、まだ訊くことが残っているからな。何でマテオの名前を使った?」


「お、お前らを後から追っていたからだ。新聞で話題になっていたオラウータンを車に乗せて走っているところを見たからな」


 少年は力なく告げた。


 新聞にはオラウータンの名前までは書かれていなかった。つまりコワコフスキはサーカスの情報を念入りに集めた上で、ルナたちに接触してきたと言うことだ。


――クソッ。気付けなかった。


 ズデンカも流石に尾行されていることを知らなかった。カスパー・ハウザーらは何か気配を消す手段を持っているのだろうか。


「もっと詳しく話さなければならんな、ちょっとついてこい」


「はい」


 しょんぼりとこちらに従って歩いてくるコワコフスキを見て、ズデンカはほくそ笑んだ。


 だが、次の瞬間。


 少年の頭は吹き飛んでいた。


 柘榴のように粉々に砕けて。

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