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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第二十三話 犬狼都市(4)

「それは良かった。ならぜひお返ししたいのです」


「いっ、いえ、今は公演の最中ですので……」


 バルトルシャイティスは困惑げに周りを見回した。動物たちは皆しんと畏まっている。


「お、おい、ルナ。席に戻ろうぜ」


 ズデンカは焦りながらルナの袖を引いた。


「逃げ出した獣は殺処分されるとも聞きます。それではかわいそうだ。どうせならお仲間に戻してやってください!」


 ルナはいつも以上に空気を読まない。


 そしてすたすたとテントの外へと歩いていく。


「君も」


 言われずともズデンカはルナに寄り添っていた。


 マテオに待っているように言い置いて二人は歩く。公演を続けるわけにもいかず、黙ったままのサーカス団員と動物たち、観客を残しながら。


 テントの外へ顔を出すともう夕焼けだ。


「この年になると時間の進むのが早く感じるね」


 ルナは感慨深く言った。


「んな歳じゃねえだろ……って言うか、なんでいきなりあんなことを」


「少し、気になったことがあったんだ」


 ズデンカが見ると、ルナは真顔になっていた。


「何がだ?」


「わたしは勘が鋭いんだ。何かあのテントの中に良くないものが潜んでいるような気がしたんだよ」


「はぁ?」


 ズデンカは何も感じなかった。ルナが勘の鋭さを披露することはさほどない。むしろ、人より鈍いぐらいだと考えていたのに、今さらそんなことを言われて驚くばかりだ。


「君に伝えて置きたかったから。少し席を外した方がいいかなって思って」


 停車場に行き、オランウータンを確認する。


 ズデンカは一時でも放置したことを抜かったと反省していたが、オランウータンはもう吠えることすら止めて、すやすやと眠りこけていた。


「よしよし」


 ズデンカはオランウータンを車から外し、背負った。前運んだとき以上に重いとは感じたが。


 ルナに当たってはいけないため、距離を保って歩く。それがズデンカは嫌だった。


「嫌な予感がするのに戻るのか」


「見届けなくてはいけないからね」


 ルナはしんみりと言った。


「死ぬかもしれんぞ」


「いつ死んでも同じさ」


「同じじゃない。少なくともあたしにとっては」


 ズデンカは言った。


 ルナがテントの幕を引き揚げて、二人は中に入った。オランウータンの巨体が幕に当たって、大きく揺れ動いた。


「おお、それは!」


 バルトルシャイティスはオランウータンを見て大声を上げた。団員やピエロたちの視線が一斉に集まった。


「どうもどうも」


 ルナは軽やかに手を上げて挨拶しながら、席の間を縫って、円の中央へ向かう。


さて、ズデンカの移動はいささか大変だった。他の客に当たらないよう、頭上に高く猿を掲げながら狭い席の間を抜けて浮かねばならなかったのだから。


 だがズデンカは器用だ。見事にこなした。


 ドシリと床に置かれたオランウータンを確かめるバルトルシャイティス。


「間違いない。これはマテオだ」


 座長は言った。


「ふむ。マテオ! これは妙ですね」


 そう考え込むルナにズデンカは、


「ルナ!」


 と叫んで押し倒した。ルナのマントがひるがえった。


 その首筋を掠めるように鋭い牙が振り下ろされていたのだ。


 早くから動きを察していたズデンカは反射的に蹴りを入れて吹っ飛ばす。


 しかし、飛ばされた影は巧みに着地し、再びこちらに向かってくる。


 黒くふさふさした毛、炎のように赤く爛々と燃え立つ瞳――マテオと名乗った少年が抱えていた犬だった。でも、その様子はまるでさっきまでとは違う。

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