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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第二十三話 犬狼都市(2)

「この世をはてもなく旅しているところが」


 ルナは微笑んだ。


「旅なら誰でもするだろうさ」


 ズデンカは呆れた。


「共通点はもっと他にもあるけどね」


「何だよ」


「言わない」


「教えろよ」


 ズデンカは気になって仕方なかった。


「ところで、この街は本当に犬が多い」


 ルナは話を逸らした。


 だが、その言葉の通りこの街には犬が多い。人の合間を縫うように、汚れた石畳の上を蹌踉よろよろしている。


「みんな力がないね。二日酔いの犬たちだ」


 ルナの二日酔いの姿が浮かんできて、ズデンカは自然と笑んだ。


「飯にありつくときにゃ皆元気良くなるだろうさ」


「彼らは何かを待ち侘びているようにすら見える」 


 ルナは煙を吐いた。


「何をだ?」


「さあ、狩りの時かな。先祖に狼を持つならば、彼らが狩りをしてもおかしくはない」


「馬鹿言え」


「まあ、普通ならありえないよね」


 普通じゃないことも起こるのだというような言い方だ。


 確かにズデンカはルナと旅してきて普通じゃないものを多く目にしてきた。もちろん、己自身も世間から見れば普通のものではないと思われるだろう。


「オランウータンの次は犬かよ。乗せろだなんて言われてもお断りだぞ」


 邪念を掻き消すようにズデンカは言った。


「はいはい」


 ルナは軽薄なほど素直だった。


 と、向こうからとぼとぼとこちらに近付いてくる小さな影が見える。


「あれなんだろう。ちょっと停めて」


 それを見てルナは言った。


――また厄介事に巻き込まれる。


 面倒に感じながらズデンカは馬車を停めた。


 少年だった。小さな犬を曳いている。首に紐を通した小さな笛を提げていた。


「お姉ちゃんたち、旅の途中?」


 まだあどけなさの残る口調で訊く。


「うん。そうですよ」


 ルナは微笑んだ。


「このお猿さんはなあに?」


 少年はオランウータンに興味を引かれたようだった。


「近寄るんじゃない」


 ズデンカは注意した。猿は威嚇するかのように喉を鳴らし、少年に吼え付いたからだ。両手が自由だったら、簡単に引き裂かれてしまっていたことだろう。


「うん」


 少年は怯えながら離れた。


「サーカス『月の隊商』から脱走したオランウータンですよ。わたしたちが捕まえたから、届けにいくんです」


 子供とは言え見知らぬものに細かく話していいものかとズデンカは思ったが、ルナはどこ吹く風だった。


「そっか。ぼくもサーカスにいくんだよ! お姉ちゃんたち一緒に行かない?」


 少年は和やかに言った。


「名前ぐらいは言えよ」


 ズデンカは少年と眼を合わせなかった。


「マテオ」


 少年もその態度を察したのか声を強張らせて答えた。


「こらこら。恐がっちゃうじゃないか。マテオさんでしたね。わたしは、ルナ・ペルッツ。よろしくお願いします」


 ルナは少年に手を差し出した。子供と言えども態度を変えない頑なさにズデンカはルナに自分と近いものを見つけたようで嬉しかった。


 少年もルナの手を握った。


 それを見て、すぐにズデンカは嫌な気持ちを抱いている自分に気付いた。わずかの間にこの変わりよう。


――ルナを気紛れとは呼べねえな。


 手が離され、少年は犬を横抱きにして馬車の踏み段を登った。


 そのまま走り出す。

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