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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第二十一話 永代保有(1)

ロルカ諸国連合西端港街トルロック――

 

「空が黒い」


 曇天の元、東洋の漆器のような色で波打つ海へ目をやっていたスワスティカ猟人ハンターフランツ・シュルツは言った。


 後は強い風と、横殴りに吹きつつある雨ばかりだ。


「何当たり前のこと言ってんですか?」


 隣に控えるオドラデクは馬鹿にした。


 二人は港にいた。


 狭い天蓋付きの待合席に座っている。まれに雨が逸れた弾丸のように入り込んできた。他の客はまばらだ。


「黙れ」


 フランツは小さく言った。


「こんな天候だし、船が来ないってだけですよね」


 オドラデクは話を要約した。


「お前は詩情を知らないな」


 フランツは腕を組んだ。


「あはははははは! フランツさんが詩情?」


 フランツはそのふざけた笑い声を無視した。


 詩を読むことは綺譚収集者アンソロジストルナ・ペルッツから教えて貰った。


 まだ十代も前半の頃だ。独りぼっちで世の中に放り出され、シエラレオーネ政府の支援を受けて暮らしていた。


 ルナとは知り合ったばかりだった。初めての著作『綺譚集アンソロジー』を出した直後だ。


 当時、フランツは本を読まなかった。面白いものだとは思えなかったからだ。


「君は本を読むべきだよ」


 ルナは半笑いで言った。


「はあ」


 フランツはめんどくさいというようにルナを見詰めた。そもそも、押し付けられること自体が大嫌いな性分だ。


「ま、読まなくても生きていけるけどね」


「そうだろ」


「でも、読んだ方が楽しい。死ぬまでの暇潰しだ」


「……生きるとか死ぬとかわからねえよ」


 嘘だった。死の意味はかつていた収容所でわかり過ぎるほどわかっていた。あまりにも身近にあったから、見詰めることが出来なかったのだ。


「じゃあ読むべきだ。その意味を知るためにね」


「でも、長い文章は……」


「なら、詩にすれば良い」


 ルナは一冊の本を手渡した。『白檀サンタール』と題字が書かれている。


 フランツは無表情で受けとった。


 言葉が四行ばかり記されているばかりだった。


 フランツは読んでみた。


 ピンとこない。


「なんだこれは」


「騙されたつもりで読み通してみなよ」


 ルナは馬鹿にするように笑った。


 フランツはイラッとした。短いしとりあえず読んでやろうと思った。


 全部読んだ結果、魅了された。


 その詩集が手放せなくなり、何度も読み返した。


 今でも言葉には上手くできないが、そこには生と死の意味が書かれているような気がした。


 言葉を使って、言葉には出来ないことを表現する。


 詩とはこんなものなのか。


「あの本……他にはないのか?」


 何日か経って、ルナに聞いた。


「同じ詩人の他の詩集なら」


 準備していたのか、ルナは本を骨牌カルタのように広げた。


 フランツはそれを奪って読み耽った。詩人の文集まで手に取り、そこから読書にのめり込んでいった。


 読書はルナに覚えさせられた罰せられざる悪癖の一つになった。


 頑として受け付けなかった悪癖は喫煙だが。


 フランツは鞄を開けて、古びた本を取りだした。


 雨が入らないよう手で蔽いながら、丁寧に開く。


 『白檀』だった。


 ルナから貰った本を今まで持ち歩いていたのだ。


 トルロックに着いてから読了した星座の本などを売り払ったのだが、この一冊は絶対に売るつもりはない。


 「おや、なんですかその本は」


 相変わらずオドラデクが興味津々に顔を突っ込んできた。

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