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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第二十話 ねずみ(7)

 沈黙はしばらく続く。 


「気付いてくださって……ありがとうございます……」


 ややあって、おどおどとバルタザールは頭を下げた。


――こんなやつが賢者だぁ?


 ズデンカは首を傾げた。禿げ掛かった毛と言い、貧相な体型と言い、とても長い時を生き抜いてきた強靱な存在には見えない。


「いえいえ。本来はあなたの綺譚おはなしを記したいのです。でも、千年もの時代を生きてきた方だから、一日や二日では到底全てを聞き取ることが出来ないでしょう。大変残念なのですが、また日を改めてお願いできないでしょうか」


 ルナは心から残念そうだった。


――早くしろ。


 ズデンカは苛立たしく靴で床を何度も鳴らした。


 あれだけ待たせてまだ名残惜しげに書棚を彷徨っていたルナの肩を引っ掴んで進んだ。


 外に出るともう夕暮れが近付いていた。タルチュフの家には戻らず、出来れば『鐘楼の悪魔』を探したかった。


 しばらく歩みを進めると、人の叫び声が聞こえて来た。


 ズデンカは身構えた。


 大きく空気が揺すられる音が聞こえた。


 いや。


 これは羽ばたきだ。


 巨大な鴉――化鳥けちょうがパヴェーゼの上空に祈りを捧げるかのように浮かんでいた。


 場所は現在地点から何キロも離れた英雄広場だった。


「急ぐぞ」


「うわあ」


 間が抜けた声を上げるルナを引きずってズデンカは駆けた。


 悪い予感がしたからだ。


――どうもあいつは尋常じゃない。


 羽ばたきに巻き上げられて、何か黒い粒のようなものが、地上から素早く化鳥に向けて集まっていった。


――砂塵か?


 だが、そうではなかった。


 たくさんの人々が、化鳥のエナメルを帯びたかのように艶々とした黒の羽毛に吸い付けられていた。


「どうやら、『鐘楼の悪魔』は一人食うだけじゃ収まらなくなっているらしい」


 ズデンカに引きずられて街路を走りながら、ルナは冷たい微笑みを化鳥へ向けていた。 


「どうすりゃ良いんだ? 助ける方法は」


「さあ?」


「こんな時にとぼけんな!」


 ズデンカは声に怒気を含ませる。


「わたしたちでは何ともしようがないよ。今まであれと出くわした時は殺して、本を潰すしかなかったろ?」


「だが……」


 ズデンカは言葉に詰まった。


「そもそも、わたしたちの旅は人助けが目的じゃないんだ」 


 二人が広場に駆け込んだとき、そこは逃げ回る人々に姿で満ちていた。


 化鳥は大きく鳴くと、低空飛行で広場を掠め、人々の出口をその巨体で防ぎ、嘴で啄んだ。


 血が、臓物が弾ける。


 敷き詰められた石畳は全景花が咲いたかのように紅く染まった。


 鋭い嘴は一突きで人体に含まれる臓物を掻き出して、撒いた。


「何しやがるんだよ」


 ぜえぜえ息を吐くルナをベンチへ坐らせたズデンカは、ひときわ跳躍して化鳥の横面へ蹴りを喰らわせた。


 しかし大鴉はビクともしない。


 跳ね返るかたちで空中で一回転し、再び石畳に着地するズデンカ。


「クソッ。どうなってるんだ?」


「さあ? 人を吸い上げた分だけ強くなっているのかな」


 ルナの答えも頼りない。


――出来るだけ犠牲を少なくするしかないか。


 ズデンカは化鳥を誘導しようと、その移動する先へ立ち塞がってはまた退いた。


 しかし、化鳥はズデンカを無視し、嬉々として人々の破壊を続けている。


「もう一度蹴りを食らわして……」


 そうズデンカが構えた時。


 激しい打撃が鳥の腹部を抉った。


 繰り出したのはズデンカではない。


 大蟻喰だった。


 はじき返されるかたちで石畳を砕いて落ちる。


「確かに、硬いなぁ」


 ぐちゃぐちゃになった自分の右手を笑って眺めながら大蟻喰は立ち上がった。


 ボキボキと音をさせながら手を修復した。

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