第二十話 ねずみ(3)
『鼠流合一説』とは申しましてもな、そう言った表題を持つ本が存在する訳ではありません。
幾つかの核となる書籍から作られた思想を寄り集めて『鼠流合一説』と名が付けられたのです。
私も何冊か読んだことがありますよ。お見せ致しましょうか? 内容の省略は簡単には難しいですが、さまざまに分かれている鼠の支族が、一つにまとめられるべきだとする考えと言えばわかりやすいでしょうか。鼠だけの国家建国を目指すという。
獣人どもも意外と本を読みますからね。いえ、話を聞く限り、むしろ読み過ぎと言って良いほど思想に淫してますな。
鼠の獣人はロルカの南側に一番多いですが、集落を幾つか持っているだけで大きな国を作るには到っていません。
パヴェーゼの近郊でも見かけることがありますな。というか、先日私は知り合いになったのです。
さて、そこに『鐘楼の悪魔』が関わってくるのですよ。
酒場で飲んでいたときのことですね。
この年になると若い頃のようにもう何リットルと飲み干したりはしません。
カウンターの隅の止まり木に腰を下ろし、コップ一杯をちびりちびりと舐め尽くすのが性に合っておりますよ。葉巻を燻らせながら。ルナさまは大した酒豪ですから、まだお分かりにならないと思いますけどね。
隣に何者かがどさりと身を沈めました。
ところどころ円形に禿げて斑が入ったように見える古ぼけたドブネズミでしたよ。毛並みと同じくボロボロの外套を羽織っていましたな。珍しいし敵意もなさそうだったので、自然と会話が始まります。
名前はバルタザールと言うらしく。
「こう見えて、私は書籍商なのですがね。何か面白い本の詳細はありますか」
こんな時に商売の話をするのもなんですがバルタザールとやらからは本を好みそうな数奇者の臭いが芬々《ふんぷん》としておりましてな。
「ありますよ。『鼠であることの惨劇』とかね」
「稀覯本ですね!」
「ご存じでしたか! 私は……とりあえず学者でして」
意気投合というやつですね。話は弾みましたよ。『鼠であることの惨劇』は『鼠流合一説』について記された一連の著作の中ではさほど重要性のないものではありましたが、確認しておきたかったのです。
これだから書痴は、とお思いになりますかな。いやいや、ルナさまもなかなかのものでしょう。
家が近いということがわかったので、早速翌日にはお邪魔させて頂くことにしました。老人の独り者同士、気兼ねは要りませんでしたね。
うちと同じように何層もの書棚が並んでいて、お目当てのものを探すのはなかなか大変でした。
『鼠であることの惨劇』自体はすぐに読んでしまいました。私は速く読めますし、大して内容ではありませんからね。それより私が気になったのは、探している途中で見つかった禍々しい金文字の本――『鐘楼の悪魔』です。
手に取ることもしませんでしたよ。実に危ない本なのはルナさまもご存じでしょう。
焦りながらも何食わぬ顔を装い、聞いてみることにしました。
「聞いたこともない本を見付けましたよ。『鐘楼の悪魔』とか言う」
幸い人を騙すことには長けていますものですからね。高い本を何食わぬ顔で買わなければなりません。
「あああれですか」
ところがバルタザールはあまり関心がなさそうで。




