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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第十八話 予言(8)

「ぐええええええ」


 と雄叫びを放つ獣。


 床に押し付けられたその頭蓋をズデンカの手は突き破った。


「あっけない」


 ルナは拍手した。


「いや、あとちょっとで押し切られるところだった」


 荒く息を吐いてズデンカはルナを睨んだ。涼しい顔でこっちを見つめてくること自体に腹が立ったからだ。


 山羊は手足をビクビクと動かながら絶命の悶絶を続けた。


「ちゃんと死に切るまで見届けてやらないといけないからな」


 ズデンカは血混じりの泡を吹く山羊から目を話さなかった。


「優しいね君は」


「優しかねえよ」


 相変わらずの掛け合いを続けた後、


「あと少し早ければこいつも助かったのかもな」


「助かったとして何者にもなれないだろう。志望者というのは志望者に終わることが多いのだからね」


 ルナは眼を細めた。


「そこまで言うこたねえだろ。歌なんぞ幾らでも上手くなりそうなもんだ」


 絶命が確認出来ると、ズデンカは山羊から赤黒く血に塗れた手を引き抜いた。


 血を舐める。


 さらに腹部へ深く腕を突き立てると、『鐘楼の悪魔』を引き出した。すぐさま紙片が宙に舞うほどバラバラに引きちぎる。


「君は歌が上手いからそう言うけど、才能がない人はまるでないものなんだよ。歌手になりたいのに唄おうとしないんだから」


 ルナは煙の輪を吐いた。


「上手かねえよ」


 ズデンカは否定を重ねた。


「何度も聞かせて貰ったんだ。その上でわたしは太鼓判を押すんだよ」


「ふん」


 ズデンカはそっぽを向いた。 


「さて」


 茫然自失としていたベンヴェヌートの傍までルナは歩いていく。


「いろいろお世話になりました。これにてお別れですね」


「予言は……予言は……」


「予言はすべて中りましたよ。あなたの言った通りになりました。良かったじゃありませんか」


 ルナは笑った。


「予言は中った……だが儂は」


 ルナは背中を見せ静かに歩き去る。迸る山羊の血を受けながらズデンカはその後を追った。


「儂は……大事な孫を失ってしまった」


「そのことが理解できないほど、呆けられてはいないと見える。お元気ですね」


 後ろ姿で歩くルナは辛辣だった。


 道具屋の中は人で溢れていた。物音を聞きつけて野次馬が駆けつけてきたのだ。


「なんだどうした?」


「その血は?」


 鮮血滴らすズデンカの手を見て、野次馬は声を荒げた。


「ちっ、面倒だな!」


 ズデンカが舌打ちする間もなく、ルナが煙を吐いた。濛々と廊下を満たし、視界は遮られる。


「随分久しぶりだな。記憶を消すというあれだろ」


「わたしたちに関する部分だけ忘れて貰うだけさ。これまでだってかなり事を荒立ててきてしまってるからね」


 二人は呆けた顔で立ち尽くす人々を掻き分けて歩きながら話した。


「学習してきたじゃねえか。どうしてこれまで使ってこなかったのが不思議なぐらいだ」


「ボッシュとか今いるアントネッリとか小規模の街なら何とかなるんだけど、ホフマンスタールとかエルキュールみたいな都会じゃ難しいんだよ」


「お前の力が足りんのだろ」


「ああ力不足だよ。わたしには何でも出来る訳じゃない。自分の寿命すら延ばせないしね」


「少しは酒を慎め」


「うん。また飲みたくなってきちゃったな」


「なら盛大に吐け」


「はっは。思う存分吐いてやるさ」


 ルナは二階の部屋から失敬してきたウイスキーの瓶をマントの裾から見せた。

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