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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第十八話 予言(7)

「え? 何を仰ってるんですか?」


 ジェルソミーナは驚きの表情を浮かべながら、二三歩後ろに退いた。


「とぼけても仕方ありませんよ」


 ルナはパイプを取り出した。


「そのような本、私は持っていません」


「ふふふ、ならいいや。わたしが探すまでです」


 ジェルソミーナはルナを睨み付けた。ズデンカも思わず身構えてしまったほどだ。


「どこを探しても出るはずがありません。持っていないのですから!」


「じゃあ、懐に抱えてらっしゃるのは何なのですか?」


 ズデンカがそう言われて見れば、ジェルソミーナの胸元が膨らんでいた。


 ルナが手を伸ばすと、さっと避ける。


 ジェルソミーナは無言でボタンを外し、禍々しいばかりの金文字で『鐘楼の悪魔』とタイトルが書かれた本を取り出した。


「どうしてわかったんだ?」


 ズデンカは当惑していた。


「勘だよ。たぶん、ジェルソミーナさんはお金が欲しかったんだよ。ブッツァーティに出て歌手として成功するためにね。街の人たちが予言が成就したらお金を出してもいいって話してたのを訊いたんだろう。でも、その本はダメだ。魂を食い尽くす」


 ルナは答えになっていない答えを述べた。


「これで、お祖父ちゃんの予言が全部本当になったんです! なら、私の夢だって本当になるはずです!」


 ジェルソミーナは憑かれたように首を振った。


「何かの力を借りてなろうとしちゃダメなんです。あなたはまず、歌うことから始めないといけませんよ」


 ルナは迫っていった。


「危ない!」


 ズデンカはテーブルを蹴って飛び上がった。


 鋤のように三叉に分かれた鋭い爪がルナの胸を抉ろうとしたのだ。ズデンカは前に立ち塞がって左肘でそれを受けた。


「え」


 ジェルソミーナは驚いて自分の手を見つめていた。黒い毛で覆われて毛むくじゃらになっていた。


「かっ、勝手に動いたんです……私は……」


「予言の最後はどうなっていましたか、ジェルソミーナさん?」


 ルナはパイプから煙を吹かしながら言った。


「黒い獣が現れる、ですよね」


 身体を震わせながら、救いを求めるかのような表情で、こちらを見るジェルソミーナ、しかしその顔を黒い毛が蔽い隠した。


 と同時に、その身体は巨大化した。背骨がねじ曲がり、両腕が大きく前へ伸び出した。前傾した体勢になると、スカートを突き破って毛むくじゃらの両脚が広がった。足の先は二つに分かれ、蹄になった。頭から二つの角が飛び出し、螺旋状に捩れた。


 黒い毛並みの山羊の姿となったのだ。


 ルナ目掛けて突進しようとする山羊の角を、ズデンカは押さえた。


「どうすりゃいいんだ」


「『鐘楼の悪魔』に取り込まれてしまった人は助からない」


 ルナは煙を吹かし続けた。


「わかった」


 ズデンカは全力を籠めて黒い山羊を押さえ続けた。


「黒い獣じゃ! 儂の予言は正しかった。儂の予言は……」


 さっきまでポカンとその有様を見つめていたベンヴェヌートは自らの予言の成就を確信したのか叫び声を上げた。


「馬鹿か? この獣はお前の孫だぞ?」


 ズデンカが退くほど山羊の押す力は強い。涎を絶えず垂らす口からは、鋭い歯列が覗いて見えていた。熱い呼気がズデンカの顔まで掛かってくる。


「クソが」


 ズデンカは力を振り絞った。山羊の角が砕け、床に散らばった。思わず手が滑りそうになったが、ズデンカは手を角の根元へ握り変え、山羊の頭蓋を圧迫した。

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