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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第十七話 幸せな偽善者(1)

――ランドルフィ王国中部



 濃くなりつつある夕暮れ。


 綺譚収集者アンソロジストルナ・ペルッツは幌を降ろした馬車の中でうたた寝していた。


「おい」


 馭者台に座ったメイド兼従者兼馭者の吸血鬼ヴルダラクズデンカはルナを呼んでみたが返事はない。ぐっすり眠っているのだろう。


 いつもなら別に起こさないが、今日は寂しくなったのだった。


 二日ばかり離れていたからだ。ルナと長く話したくなった途端に寝てしまったから、肩透かしされた気分になった。


 疲れているのはわかる。登ったり降りたり走ったり、これまでルナの人生では考えられないぐらいの重労働を行ったのだから。


 ちょっと寝ただけではもの足りないのだ。


 頭では理解してもズデンカには随分と辛く感じられた。


――ルナ、襲撃だ!


 とか嘘でも吐いて起こしたく思っていた。


 実際カスパー・ハウザー率いるスワスティカ残党に襲ってこられる可能性があったから、たちの悪い嘘だ。


――いままで普通に押し殺していた考えが浮かぶなんて、よっぽどだ。


 ズデンカは手綱を握り締めた。


 中部の町ブッツァーティはもう間もなくだった。


 パピーニは古くからある街だが、ここは新興だ。古い教会や遺跡はほとんどなく、四角い窓を持つ白亜の建物がみちみちと詰め込まれている。外から見ると息苦しそうだ。


 すこし北部よりだということもあり、雪を含んだ風が吹き付けてくる。だがズデンカは寒さを感じないので冬景色に情緒を見出せなかった。


 街に入ると、ズデンカは馬車を停め、ルナを起こそうと振り返った。


「ふふふ。凄く嬉しそうだけど、どうかしたの?」


 ルナは起きていた。微笑みながら。


「何でもねえよ」


 ズデンカは顔を背けた。


「君が嬉しそうになることなんてなかなか思い付かないなあ」


 ルナは眼を細めた。


 いわゆるジト眼というやつだ。


「なんでもねえよ!」


「街に着いたのがそんなに嬉しいのだろうか」


「いつ起きたんだよ」


「さっきだよ」


「間が悪い」


「わたしに寝ていて欲しそうだね」


「んなことねえよ。起こす手間は省けた」


「よっこいしょ、っと!」


 ルナは馬車から降りた。


「さあ、いこう!」


 ピョンピョン跳ねながらマントを翻して歩くルナの姿は軽やかだった。


――疲れが残ってねえかと心配したが。


 ズデンカはほっとしていた。


「どこへいく?」


 二人並んで歩いた。


「さあ? とりあえずパピーニから離れようってことでやってきただけだからね。ランドルフィをざっと一周してまた東側から抜けて、とりあえずゴルダヴァを目指そうと思ってる」


「はあ」


 ズデンカは嫌そうな顔をした。


「なんだよ、君の故郷だろ?」


「捨てた故郷だ」


「捨てるなんてもったいない!」


 ルナは満面の笑みになった。


「君の過去の話も聞きたいからね。わたしは話しただろ」


「ろくでもねえ過去だ。それに、お前のもまだ謎なとこがいろいろ残ってるぞ」


 ルナの収容所時代のことを、もっと聞きたいと思うズデンカだった。


「こういうのは交代でなきゃ、って思うんだ」


 ルナは霜で曇ったモノクルを取り外してハンカチで拭いていた。

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