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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第十六話 不在の騎士(13)

 まあこんな風に俺の『幻想展開』には名前が与えられた。


 その名前で呼んでくれるやつは少ないし、俺自身も人前で叫ぶことはなかったが。


 呼び続けてくれた数少ない人がビビッシェだ。ボリバルは最初のうちこそ面白がっていたがじきに飽きてしまった。


「やあ、『不在の騎士』!」 


 気恥ずかしくなるぐらいだった。まるで挨拶のように。


 サーカスで愛想を尽かされていた、笑わせられない道化師にとって、それは今までなかった時間だった。


 俺はビビッシェと会う時間に安らぎを見出していた。


 冷静に考えてみれば愚かしいし、おぞましい。大の男が少女に心のよすがを求めるなんて。


 殺しを重ねていく。毎日、毎時間。それも愉しくはあったが、ビビッシェと会う楽しさとはまた一味違った。


 いつしか、俺は思っていた。


 ビビッシェの騎士になりたいと。


 手にキスをし、永遠に傍に仕える。道化師の衣を脱ぎ捨て、鎧を着て。


 他のやつには見せることが出来ない頭を何度も振って、その考えを打ち消した。


 今こうしているだけで十分だ。向こうも俺を友達としか見なしていないだろう。


 せめて、ずっと一緒にいられたら。


 だが、幸せな時間はいつまでも続かなかった。


 連合軍の攻撃は激しくなり、ミュノーナの近くまで迫ってきたのだ。


 『火葬人』は基本、後衛での補佐や破壊工作に従事している。前線に送られることこそなかったが、徐々に危険を感じることが増えるようになった。


 まず、ホフマンスタールの近郊での戦いに巻き込まれて、マンチーノが死んだ。


 銃弾を眉間に受けたらしい。やつの持つ『幻想展開』ではそれを防ぐことができなかったのだ。


 関わりのほとんどない相手ではあったが、呆気のない死に心が掻き乱されるものを覚えた。


 いくら頭に浮かんだものを実体化させられるからと言って、無敵になれるわけではないとわかったからだ。


「どうすりゃいいんだろう」


 例の執務室の死んだマンチーノの四番目の席を見ながら、俺は言った。


「どうもしないさ、待てばいい」


 ビビッシェはあっさりと言った。


「連合軍は俺たちのやったことを知っている。指名手配もされているし、逃げ場はない」


「なら大人しく縛に付くしかないね」


 ビビッシェは半ば笑いながら答えた。


「何でお前はそんなに暢気なんだ」


「わたしは暢気なのさ。生まれつきね」


 この話はこれで終わってしまった。


 俺は正直すきを見計らってミュノーナから逃亡しようと考えていた。ビビッシェもついてきてくれるなら嬉しいと思った。だが、言い出し損ねた。


 それきりもう伝える機会はなかった。


 一月もしないうちに連合軍はミュノーナまで攻め寄せたのだ。


 激しい爆撃音が執務室の外でも響いたほどだ。


 俺は道化の服を脱ぎ、焼いて一人踞っていた。


 こう言う時、ビビッシェとも会えなかった。


 バタバタと廊下で跫音が響いて、ボリバルが部屋の中に入ってきた。


「どうした?」


 と声を掛けようとして、自分の姿が見えていないことに気付いた。


 ボリバルの手には拳銃が握られていた。やつは物も言わず、銃口を頭に当てて撃ち抜いた。


 正直やつの力を知っている俺は、まだやつと同じかたちをしたものがこの世のどこかに存在するとは思う。


 だが、やつの原型オリジナルはここで死んだとはっきりわかる。

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