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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第十六話 不在の騎士(9)

 驚くほど殺風景な部屋だった。道具も本も、必要雑貨もない。


 透明になった人間は寒さも感じないのだろうか。


 机の上には古びたノートが置かれていた。文字がびっしりとページを埋め尽くすかのように書かれている。


「日記か」


 フランツはそれを手に取った。


 三ヶ月ほど前の日付が書かれていた。


  

 十月七日



 俺には何もない。かつてあった夢も希望も消えてしまった。


 いや、消えたのは遙かに前のことだ。すでに消えたことにも慣れていたのだ。


 俺はひたすら殺してきた。


 俺自身それが楽しくなっていった。あの『火葬人』に選ばれる前は、そんなことはなかったのに。


 ただの臆病者な小悪党だった。


 サーカスで道化をやっていたが、子供たちはもちろん、大人たちからも愛想を尽かされていた。


 苛立ちが高まっていった俺は気晴らしに盗みを始めることにした。


 これが、なかなかスリルがあって面白い。俺はガタイが好くて足も速かったからだ。


 いつ見つかるか怯えながら、盗みを続けていた。常に盗みの河岸を変えながら、仮の気分を楽しんだ。


 だが、終わりの時はやってきた。


 パンを盗んだときだ。店主に騒がれてしまって突き飛ばしたら、石に頭をぶつけ、打ちどころが悪くて死んでしまった。


 俺は牢屋に入れられたのだ。ある時、檻が開けられて外に出された。


 長い廊下を歩かされた。


 死刑になるんじゃないかと思った。


 だが、通された小部屋であの人に会ったのだ。


 親衛部長、カスパー・ハウザー。


「君はいつ死んでもいい。死んだとして社会は何も困らない。なら、一つその命を使わせてくれないか? どちらにしろ不要な命だ。なら、ここで死ぬか、それとも今ここでは長らえて後で死ぬかのどちらかだろ?」


 本来なら顔を顰めたくなるようなセリフだが、死刑になると思っていた俺は安心した。


 すこしでも助かる見込みがあるのなら。


 俺はそれに縋り付こうとした。


「もちろん、後で死にたいです!」


「なら決まりだな」 


 後ろから看守に羽交い締めにされた。更に別の部屋へ連れていかれる。


 冷たい台に寝かされて、実験室なのだと気付いた。


 すぐに注射を打たれた。たぶん、麻酔だ。 身体の自由が利かなくなった。手足も鉛のように動かなくなった。


 当然記憶もなくなったはずだが、俺は何となく覚えている。


 肉を割かれ、四肢が寸断されていく光景を。


 恐ろしいことを目の当たりにしているのに俺は異常に落ち着いていた。


 身体から肉が引き剥がされていくのに、意識はハッキリしていたからだ。


 手が、足が、胴体から剥がされていく。左右から複数のメスに胸の皮が割かれ、腑分けされていった。その動き回るさまを眺めてもなお、俺は冷静さを保っていた。


 頭蓋から脳味噌が外された時、俺は透明な存在になっていた。


「実に傑作だ。君は存在しながら姿が見えない。不在の道化師だ。幻想としての存在へ進化したんだ」


 ハウザーは手を叩き続けていた。


 奇妙な表現だった。


 確かに、俺は透明になった。


 その日からハウザーの言いなりだ。どんな人間でも指示されれば葬った。


 だが、俺は自我を失っていなかった。なんとしても四肢を取り返したく思っていた。


 それは冷凍されて長く、ハウザーの実験室の奥へ安置されていた。

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