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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第十六話 不在の騎士(8)

「妹は河辺に洗濯にいった帰りに喉を絞められて殺されました。何の罪科もなかったのに」


 ホセが呟いた。


「すっかりこの手に滲み着いた殺しの快感が忘れられる訳ないだろうがよ」


 刀を突き刺されながらも、なお悠然とテュルリュパンが言った。


「死ね」


 思わず怒りを込めて力を籠めて切り下げるフランツ。


「ぐはっ!」


 血が溢れ、透明な人間の背の高い輪郭が染まった。


 巨体が地面に倒れ伏す音が聞こえた。血だらけの塊が横たわっていた。


「死んだか」


 フランツが息の根を確かめようとして腰を下ろすと、


 「ああ……ようやく死ねる……元に戻るときだ」


 と声が聞こえた。


――お前もグルムバッハのようなことを言うのか。


 フランツは一瞬戸惑ったが、


「哀れだな……お前ら『火葬人』もこれで終わりだ」


 と勝ち誇ったように笑った。


「馬鹿め……ビビッシェ・ベーハイムはまだ生きている……やつの杉の柩に」


 フランツは止めを差すのを躊躇したが、もう遅かった。腕の方が先に動いて心臓を貫き、テュリュルパンは絶命していた。


 『火葬人』席次五のビビッシェ・ベーハイムは杉の柩に入れられて葬られたと伝わっている。


 それはフランツも知っていることだ。


――生きているだと? 


終戦直前にすぐにあいつは連合軍と交戦して殺されたと聞いていたし、色々な本にもそう記されていた。


 ――いくら『火葬人』の同僚だとしても、今は他人のはずだ。生き死にの情報を知っているわけがない。


 理性で言い聞かせようとはするが、フランツの心には不安が広がっていった。


「フランツさん、どうしましたかぁ」


 肩が叩かれる。フランツは思わずビクッとなった。


 またオドラデクが刀身から姿を変えて裸になっていた。その身体には血がこびり付いている。


「汚いなぁ。後で洗わなきゃ。あ、そうそう、見てくださいよ」


 と言って、オドラデクはテュルリュパンの遺骸を指差した。


 本人の言った通り、もう透明ではなくなり、背の高い髭もじゃの男が裸で横たわっているだけだった。絶えず血を流す矢傷やオドラデクに切り刻まれた痕もしっかり残っている。


 どこにでもいるような顔付きだ。


――この程度のやつに苦戦したのか。


 フランツは苦笑した。


 まだまだ自分も修行が足りないことに気付いた。


「とどめはお前に刺させるべきだったな」


 フランツはホセを見やって言った。


「いや、倒せさえすればよかったのです」


 ホセは手短に言った。


「やっぱり捕まえるべきだったんですよ。実際なんか言おうとしてたでしょ? 最後まで聞かなくてよかったんですか」


 テュリュルパンの最後の言葉を聞いたのか聞いていないのか分からなかったが、オドラデクは悔しそうだった。


「いい。どうせ妄言だ」


「そういや、こいつ、どうやって生活してたんでしょうね。寝泊まりする場所は絶対に必要でしょ?」


 オドラデクは首をひねった。


「近くに山小屋があります。長いこと誰も近づいてはいません。周辺で人殺しが何度も起こっていたものですから」


 ホセが珍しく眺めに説明した。


 「じゃあ言ってみるか」


 何か分かる手掛かりがあるならと思い、フランツは歩き出した。


 もうランタンの灯りを点さなくても良い。星の光がそれほど明るいのだ。


「待ってくださいってばぁ!」


 オドラデクはタオルで汚れをごしごしお歳ながら急いで服を着た。


 山小屋はすぐに見えてきた。遮る木とてないのだから、簡単だ。


 立て付けの悪い扉に手を掛ける。


 鍵も掛かっていなかった。


 三人で上がり込む。

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