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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚  作者: 浦出卓郎
第一部

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第二話 タイコたたきの夢(7)

「一度兵士になった者を簡単に除隊させる訳にはいくまい。復隊なら話は別だ。脱走ではなく、単に遅刻したという扱いで元の場所に返すぐらいならできない話ではない。営倉ぐらいは入れられるかもしれんが、何分予の管轄ではないのでな」



 アデーレはイライラしながら細長い葉巻を取り出して先を噛み切った。



「俺は、帰りたくないんです!」



 ハンスは思わず叫んでいた。



「その意気や良しだ。だが一兵卒よ。軍とは冷徹な決まりによって動くものであり、それは何者をもってしても曲げがたい」



「さっき、職務放棄とか言ってたのはお前だろうがよ」



 ズデンカは思わず突っ込んだ。



「もちろん、予はその青年を見ていないことにすることはできる。ここに案内した連中も別の師団の者だから直接の繋がりはないだろう。後から聴取される可能性も薄い。青年が一人で逃げたいなら逃げればそうすればよい。だが第三師団の上司たちはどう判断するかな? それは分からん。今はパレードで浮かれ騒いでるが、後で逮捕令が下るかもしれん」



 ハンスはまた力なく俯いた。



「なるほど、仕方ないね。上に話を通すのは難しそうだな」



 ルナは諦めたようにも見えた。



「俺は……どうすりゃいいんだ。逃げたって絶対捕まっちまう」



 ハンスは震えていた。将来を悲観していたのだ。



「そうだ」



 ルナはぽんと手を打った。



「ハンスくん。君は一度死のうとして果たせなかったよね。なら、また死ねばいい。そしたら、絶対脱走できるよ」



「はあ?」



 その場の全員が驚きの声を上げた。



 


 死体置場の中をルナとズデンカとハンスは歩いた。


 ハンスは深く帽子を被り、身を縮こまらせていた。ルナとズデンカは過去に何度も立ち入ったことがあるらしく、スイスイと進んだ。



 そう簡単に入れる場所でもないはずだが、アデーレが許可を出したのだろうか。



 戦後兵士になった者は皆そうだが、戦地に行ったことのないハンスは二人が過去何をやらかしてきたのか考えるとますます己の先行きが不安になるのだった。



 冷え冷えとした仄暗い部屋。壁に埋め込まれたかたちで、無数の大きな銅製の抽斗が並んでいる。



 ルナとズデンカはそれを一つ一つ確認していった。



「女か、酔っ払いのおっさんばかりだな」


「ちょうど良さそうな死体はないね」



 中には惨い殺され方をしたものもあるようだったが、二人はまるで気に留めない。そこに異常さを感じ、ハンスは怯えた。



「要は、君の身代わりになる屍体があればいいんだろ? それに軍服を着せて川にでも投げれば偽装完成さ」



「そんな簡単にできるものですか? 顔とかは?」



 ハンスは思わず敬語になっている自分に気付いた。



「潰せばいいだろ。誰かなんて分からなくなるさ。君はたかだが一兵卒さ。気に掛ける人なんて正直それほどいない。適当な証拠さえ出れば、顔が分からなくても嘉納するだろうさ。科学的調査を行ったりなんてしない」



 あっけらかんとルナは言い放った。



「さすがにそれは……」



 ハンスは言い澱んだ。



「逆に言えば証拠が見つからないと脱走が確定となって君は追われ続ける。なら、どうする? 川に飛び込んで屍体にでもなる?」



 ルナはおどけて言ったが、ハンスには冗談に感じられず、涙を浮かべ赤くなった目を拭った。



「生きている以上、何らかのリスクはとらないといけないよね」



 ルナは泣いている相手も考慮に入れず続けた。

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