第十六話 不在の騎士(2)
「殺された人たちがいるんだぞ!」
フランツは怒鳴っていた。
「他の人たちは殺されても君は生きている。そしてわたしも。それでいいじゃないか」
ルナは言った。
「良くない。俺は生かされたから使命を背負っている」
「それ、ダメな生き方だよ。誰かに生かされてるとかそんな風に考えちゃ」
「どうしてだ?」
「単純に面倒臭いよ」
「それはお前が不真面目なだけだ」
「不真面目でいいよ、わたしは」
ルナは相変わらずだ。
フランツにとって生きる目的は絶対に欲しかった。
常にやることがないと、落ち着かない。
その結果としてのスワスティカ猟人だ。フランツは解放後の幼い時代からシエラレオーネ政府の援助を受けてきて、そこそこのホテルで生活することも出来ていたのだから、恩義に報いる目的もあったが。
自分の選んできた道が間違いだとは思いたくなかった。
たとえその道が血まみれだとしても。
「聞き込みを開始するぞ」
オドラデクに命じた。
「ぼくを働かせるんですか。鞘の中にいろとか言ってた癖に」
こちらも前フランツが言ったことを覚えているらしい。
「出たいから出たんだろ。手伝え」
フランツに気の効いた答えを返す余裕はなかった。
「はいはい」
オドラデクはその気になればなかなか優秀だ。臆面もなく色んな店に入り込んだり、道行く人から煙たがられながらも話を聞き出している。
それでいて少しも疲れた様子はなく、足どりは軽やかだ。
女性に変じていたせいかたまに男から声を掛けられていた。
――意外と役に立つな。シエラレオーネ政府にこいつと組まされたのは間違いでもなかったのかも知れない。……喋りこそうるさいが。
こちらに向かって笑顔で近づいてくるオドラデクをフランツは仏頂面で見つめていた。
「まあいろいろ聞き出せましたよ。たいがいろくでもない世間話だったですけど」
「テュルリュパンの行き先が分かったのか?」
息せき切ってフランツは聞いた。
「まあ行き先って言ったら行き先なんですけど。まあ民話みたいなストーリーですよ」
「民話!」
ルナなら喜びそうだとフランツは思った。
「『聖なる山』とか呼ばれている場所が、ブニュエルの少し郊外にあるらしいんだってさ」
「それがどうした」
「ここに不思議な騎士がいるらしいって話なんですよ」
「騎士? 今の時代にか?」
中世だったらともかく、科学の支配する現代に騎士が現れ出るなど信じられない。
「だから民話みたいって言ったじゃないですかー。最初はぼくも嘘だって思いましたけどね。何人もが同じことを言うんで、やっぱりそうなのかなと」
「不思議とお前は言ったな。どう言う意味だ?」
「その騎士の鎧の中は虚ろだって言うんですよ」
「そいつがテュルルパンか?」
「まあ透明な人間だとしたら何らかの関係性があるかも知れないってとこですよね」
オドラデクは曖昧な言い方に終始した。人の話を聞くだけでは突きとめきれなかったのだろう。
――行ってみて、確かめないとな。
フランツは歩き出した。
「早速向かうぞ」
「でも、どうやって使うんですか」
「自動車を使う」
「へえ」
自動車はまだ珍しい。都会では一部普及しているぐらいだった。つまり、金持ちが集中している地域だ。
「誰に借りるんです?」
もちろん買いなどしないとオドラデクはわかった上で言っている。
幾らお金を持たされているフランツでもそんな無駄遣いをする気はない。




